【東京電力に損害賠償を請求する 2】 電話の向こうにはオニがいる
今週、私の農業ビジネスの相棒であった親友が、関西へ一時的に居を移すことになった。丹精込めて育てた畑と、自分で作った想い出の我が家を離れ、これから見ず知らずの土地で暮らす。彼の"望まぬ移住"はすべて、生まれたばかりの赤ん坊のためである。彼の畑はホットスポット、放射能がダダ漏れする地にあるからだ・・・。
「JA vs 東電」という基本構造
農家にとってのJAとは、とても大きな存在だ。多くの農家は営業力や交渉力を備えておらず、自分で販売チャネルを確保することは困難である。このため、JAが農家に代わって売り先を確保し、農家が作った農産物を買い集め、それを多くの消費者に届けている。農家にとってのJAとは、親方のような存在だ。
農家はJAにお世話になっている。その代わりとして、農家はJAから野菜の種や農薬といった必需品を購入し、時にはお金を借りることで良好な関係を保っている。両者の関係性は一長一短のように思われるが、立場が弱い農家にとって不利なことも多い。
平時において、需給バランスが崩れれば、農家は野菜をJAに買い叩かれる。現在のような深刻な風評被害が発生すれば、一部では、農家は野菜の買い取りを拒まれる憂き目にあう。しかし、それでも、農家にもメリットはある。農家ひとりでは力を持たない存在でも、多くの声を集めれば、それは巨大なパワーとなる。その取りまとめ役がJAだ。
今回の放射能問題のような危機に際して、農家たったひとりが声を上げても、何の影響力も持たないだろう。加害者である東電や国といった大物権力と渡り合うには、農家はあまりにもちっぽけだ。そんな農家に代わり、彼らの苦難の声や窮状を集めて東電と闘うのが、JAという巨大組織だ。
東電との損害賠償交渉において、JAは農家にそれなりの成果をもたらすだろう。その成果は、すべての農家が満足できるものでないにせよ、意味のある交渉だ。小が集まることで大きな影響力を生み出し、交渉事のパワーバランスを変える。それが政治であり、ビジネスというものだ。
「個人農家 vs 東電」という無茶な仕組み
私が親友と主宰してきた農業ビジネスは、JAにまったく頼らない手法である。自分で作った野菜は自ら値付けをし、販売チャネルも自ら確保し、営業も交渉もすべて自分でこなす。それはJAを通した従来のシステムではビジネスにならない=メリットが少ないという判断からだ。
さて、自分たちですべてを手掛けてきたということは、反対に言えば、今回の放射能問題に関してもたったひとりで東電との交渉に臨まなければならない。頼るべき存在がいないのだ。これはかなりやっかいである。なぜなら、東電という企業が、まったく"信用ならない大物"だからだ。
まっとうな企業なら、筋の通ったクレームには、正直に応えるよう努めるだろう。ソーシャルメディアの発達した現在、クレーム対応ひとつ誤るだけでとんでもないダメージを受けることは、企業が一番よく知っているはずだ。
しかし、交渉に臨む相手がまっとうでない場合は、どうなるのだろうか? "ケツをまくれない企業・東電"だと、どうなるのだろうか? 何せこれまで平気でウソをついてきた企業であり、筋の通ったクレームにすら、正直に応えない可能性が高い。
ちっぽけな存在である個人農家が、巨大企業・東電に電話を入れてみた。損害賠償を請求するために・・・。
最初に専業農家である私の友人が、東電に電話を入れた。そのときの様子を彼から聞くと、東電の担当者はひたすら謝り続けたという。それは当然だろう。自分の企業が漏らしている放射能が、相手のビジネスに計りしれないダメージと損害を与えているのだ。ところが、担当者のその後の対応が、いかにもおかしい。
担当者が詫びを入れまくったわりには、友人の元にはいつまで経っても損害賠償請求書が届かない。「あの謝罪は何だったのか? やっぱり個人の農家など、相手にしないのだろうか・・・?」と、友人が首をひねる。ココロから謝罪する気持ちがあれば、書類は速達を使ってでも送ってくるだろう。しかし、いつまで経っても書類は送られてこない。
こうした事態は、最初から予想していた。個人の農家と、巨大企業では、あまりにもパワーバランスが悪過ぎる。そこで次は私が東電に電話を入れることにした。"とある戦略"を持って・・・。
「コンサル vs 東電」で、担当者の態度が豹変!?
私の応対にあたった担当者は、更にココロが通っていない人間だった。担当者は電話に出た瞬間、「ああ、そうですか・・・。えっと、まずは住所を・・・。」と、いきなり本題に入ってしまった。謝罪すらしない。ひとことも謝りもしない。その対応はまるで、家電製品のクレーム対応のような素っ気無さ、事務的な口調だった。
お前はアホか? でも、やっぱりね・・・
東電にはクレームの電話が鳴りっ放しなのだろう。何ともずさんな対応であるが、東電の"謝罪の姿勢"は、CMを見ればすぐに理解できる。震災後、企業はテレビコマーシャルを一斉に自粛した。しばらくして東電が企業広報のCMを流し始めたが、その内容に愕然とした。それは「節電にご協力ください」という内容だったからだ。ん? 順序が違うでしょ?
節電のお願いは"東電の都合"の話だ。東電がこれだけ非難されているうえ、さらに電力不足など引き起こしたら、袋叩きにあうことは目に見えている。それを避けるために選んだのが、節電のお願いCMだ。つまり、自分のことしか考えていない。
しかし、問題の本筋はそこではない。東電がまっさきに流すべきCMは「放射能をばら撒いてゴメンナサイ」が適切だろう。電力問題よりも何よりも、まずは国民の生命・財産を危機にさらしていることを詫びるべきだろう。
・・・と、そんな怒りを抑えつつ、私は担当者に聞かれたことに正確に答えていった。相変わらず担当者は謝りもせず、損害賠償請求にかかるスケジュールの話を淡々と進めていく。私はこのままではらちが明かないことを悟った。下手したら、書類すら送ってこないかもしれない。そこで、私は最初から考えていた"とある秘策"を出すことにした。
「実はボク、都内でいろんな業界のコンサルティングをしているんですよ・・・。」
その瞬間、担当者が一瞬黙った。彼は"ただの農家"と話しているつもりだったのに、そこに"想定外の情報"がもたらされ、戸惑ったようだ。コンサルティングとは、彼が農家に対して抱くイメージとは程遠い情報だ。
それまで私は、農家のふりをしていた。いや、実際にひとりの農家ではあったが、より世間の"農家のイメージ"に近い役割を演じていた。聞き役に徹して多くを語らず、とにかく農産物被害に困っている様子で話した。しかしそこから一転、私は話すテーマをガラリと変え、声のトーンを変え、使う"言葉そのもの"も変えた。私はコンサルタントとして、日本の農業の現状を彼に分かりやすく説明した。
今回の放射能問題は、東電が考えている以上に衝撃的であり、今の状況は"終わりの始まり"に過ぎないこと。日本農業の未来にも、長期に渡ってとてつもない被害を及ぼすこと。加えてその惨状の深刻さを、東電はまだ理解していないことを・・・。
農業の現実を知らないから、東電の担当者には誠意がないのだ。これはやむを得ない。ならば彼が分かりやすいよう、ビジネスのスキームにおける"農業という産業"の話をすれば、彼も少しは危険な事態を理解できるだろう。
そのため私は、今回の損害賠償問題で予想されることを、これに関わる法律や政策の話も交えながら、カタカナ用語、マーケティング用語を駆使して担当者に語った。
そして、担当者は、見事に急変した。彼は私が農家でなくビジネスマンと悟った時点で、話の内容をガラリと変えた。彼もカタカナ用語・専門用語を駆使し、国の現状と、東電の現状、そして担当者ひとりでできる今の状況を、丁寧に説明し始めた。
ネゴシエーションにおいて大切なことは、相手と同じ土俵で話をすることだ。どちらかが圧倒的に有利な状況では、けっして正当な交渉は成立しない。ひとりの農家という立場では、東電はまともに相手をしないだろう。そこで相手を土俵に乗せるため、あえてコンサルタントという立場を明らかにし、そしてムズカシイ話や言葉を使った。
豹変した担当者はとても優秀な人間だった。ビジネスマンとしては・・・。彼の分かりやすい説明は、論理力の高さを現していた。相手の思想や言葉をとっさに理解し、合わせることのできる柔軟性は、コミュニケーション力が優れている証拠だ。ビジネスライクに話すことが、彼の"普段の姿"に近いと思われた。
担当者は、普段通りに話せる私に気を許したのか、話の途中で何度も何度も"薄笑い"を浮かべていた。電話だから相手の笑っている顔が見えたわけではない。ただ、徐々に慣れ慣れしくなってきた声のトーンや、ちょっとした間で、相手が薄笑いを浮かべていることは容易に想像できる。
優秀な担当者からは、損害賠償にかかる書類があっという間に届いた。相手がコンサルタントなら弁もたつだろうから、優先的に処理したものと思われる。一方の専業農家の友人には、いつまで経っても書類は届かなかった。それは相手が個人の農家なら、後回しでも構わないと思ったのだろう。露骨だ。これはほんの一例に過ぎないが、東電の企業姿勢を示す一例だろう。
放射能をばら撒いておきながら、迷惑をかけている相手に対して、何度も薄笑いを浮かべる担当者・・・。
平謝りはするけれども、なかなか対応しない、いい加減な担当者・・・。
これが"ケツをまくれない企業"の本性だ。電話の向こうにはオニがいるような、暗澹たる気分だ。
上の写真が"優秀な担当者"から送られてきた「損害賠償請求書」である。これから金額を書き込み、東電に郵送する。ざっと見積もっただけでも被害は数千万円に達する。恐らく請求額の10分の1すら、東電は支払う気がないのだろう。ここからまた担当者が変われば、面倒な交渉に入る。ココロない人間とのやりとりは、不毛である。
相手を見て、したたかに対応を変える。自社が有利になるよう、交渉を進める。イニシアチブを相手に渡さない・・・。それは通常のビジネスでは正攻法だ。しかし東電がこれから相手をするのは、農業や漁業の人々である。みな心優しき人ばかり、小賢しいビジネスには無縁の人々だ。
東電の電話の向こうには、オニが並んでいる。農家の人々はどうか騙されないようにと、願うばかりだ。
(荒木NEWS CONSULTING 荒木亨二)
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