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QUIC はクラウドのアキレス腱「レイテンシー」問題を解決できるのか

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「QUIC」という新しいネットワークプロトコルの標準化が完了しました。次世代のHTTPであるHTTP/3の基盤になるプロトコルで、これまでHTTPを支えてきたTCPを置き換えるものです。TCP/IPはインターネットが民間に開放される以前のARPAネット時代から使われている基本中の基本の技術ですが、それだけに設計の古さによる効率の悪さが指摘されていました。

QUICの採用はHTTPを高速化し、Webブラウジングを快適にすると説明されることが多いですが、これはクラウドにとっての隠れた問題である「レイテンシー(遅延)」問題を改善するための取り組みでもあります。

HTTP/3の基盤となる「QUICプロトコル」の標準化プロセスが完了、IETFの「RFC 9000」として

記事にもあるように、QUICはGoogleが開発を進めていた技術です。Wikipediaによると、「できるだけレイテンシを削減(目標はラウンドトリップタイム無しの一般的な接続)」が開発の長期的な目標とされています。

ネットワーク上でコンピュータ同士が通信を行う場合に、その準備として「リクエスト」-「承認」のような手続きが必要になるのですが、これがラウンドトリップ(ハンドシェイクとも)で、それにかかる時間がラウンドトリップタイムです。冒頭の記事の中では「接続確立までの時間」と書かれています。これがインターネットにおいては実用上問題になるくらいのレベルになり、さまざまなアプリケーションをクラウド化する際の障害となります。QUICはそれを大きく削減する技術として注目されているのです。

ラウンドトリップ以外にも、動画配信における遅延など、インターネットにはさまざまな「レイテンシー(遅延)」がありますが、そういった分野でもレイテンシーを減らす取り組みは行われており、ネットの接続環境は徐々に改善されています。

computer_net_osoi.pngこのハンドシェイクですが、TCP接続では3ウェイ・ハンドシェイクで3回、その上のTLSで7回のやりとりが必要になるということなんですね。

QUICでのHTTP通信の高速化

これが、社内のサーバーとPCとのやりとりであればあまり目立たないのですが、インターネットとなると場合によっては見過ごせない問題になります。さらに、クラウドコンピューティングでは影響は甚大です。

日本からアメリカ西海岸のサーバーに接続する場合、使用するネットワーク機器の性能にもよりますが、片道おおよそ100msの時間がかかるとされています。通信が始まるまでに10回もやりとりが発生するとなると、接続確立までに1秒かかる計算です。Webアクセスなら「遅いなー」で済むかも知れませんが、データベースに頻繁にアクセスするようなアプリケーションの場合には、使い物にならないケースも出てきます。それが、QUICだと2回で済むということですから、完全な解決とはいかないまでも、事態はだいぶ改善されます。しかも、Googleの最終目標は「ラウンドトリップタイムなし」ですから、今後もこれは改善されていくということでしょう。

現在は、ほとんどのクラウドベンダーは日本国内にデータセンターを持っていますが、このレイテンシー問題が大きかったためとされています。データベースを使っていないシステムはほぼありませんから、オンプレミスからクラウドへ移行する場合に、この遅延を考えると、データセンターの立地は大きな問題となるからです。システムをクラウドへ移行することが一般的になった今でも、高速なアクセスが必要なアプリケーションではデータベースだけオンプレミスといった構成を組むこともあるということです。

TCPやTLSもじわじわと改善を重ねてきていて、改善もされてはいるのですが、GoogleはTCPを使わないという抜本的な改革案を出し、自ら開発を進めてきました。既にGoogleのサーバーはQUICに対応し、Chromeブラウザも対応しているため、利用可能な場合には自動的にQUICで接続されるようになっています。今回RFCとして標準化されたわけですが、Googleではさらにレイテンシーの解消を目指して開発が進むでしょう。

電気信号の伝わる速度など、物理的な制約もあるためレイテンシを完全にゼロにすることはできませんが、さまざまなテクノロジーを組み合わせることで、クラウドが抱える大きな問題点のひとつが近い将来に解決されるのかも知れません。

 

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