Appleの新M1チップの注目点はユニファイドメモリだ
かねてより噂されていた、ArmベースのApple Siliconを搭載したMacintoshが発表されました。
新型チップの名称は「M1」です。Armならではの省電力性能に加え、Apple独自のGPUやNeural Engineなどが組み合わせられており、なかなか豪華です。
4+4コアのCPU、独自設計のGPU、そしてNeural Engine、ISPなど、ほとんどの機能はiPhone/iPad向けのAシリーズプロセッサと同じように見えます。実際の回路まで全く同じかどうかはわかりませんが、Appleといえど全然違うプロセッサをいくつも並行して開発することはできないと思いますので、おそらくは相当部分同じ物でしょう。
気になるパフォーマンスですが、若干怪しげながらもベンチマークの数値が出てきています。なんと、Intel Macよりも速いんだとか。
もっと凄いのは、Intel MacのアプリをM1上で動作させるRosetta2というエミュレーション環境下でも、他のMacよりも速いということです。
これらのデータの真偽は定かで無いということですが、期待が持てますね。実機が出回れば、いろいろな人がベンチマーク結果を上げてくれることでしょう。
「ユニファイドメモリ」とは
発表の中で、「おっ」と思ったのが、ユニファイドメモリアーキテクチャ(UMA)です。CPUチップと16GBのメインメモリがひとつのチップに実装されています。最初に記事を見たときは、CPUチップ内にメモリを持っているのかと思ったのですが、いくら5nmといってもそこまで載せられるとは思えません。この記事の2枚目の写真に、CPUチップとその隣にDRAMのモジュールが写っています。これを見て、CPUとメモリは別々で、ひとつのパッケージに実装されているのだということがわかりました。
M1全体をSoC(System on Chip)と呼んでいる記事もありますが、厳密にはCPUチップ部分(上の写真の左側部分)がSoCで、それとメモリ(右側に縦に並んだ2つのチップ)をひとつのパッケージに封止したM1はSiP(System in Package)ということになるのではないかと思います。
このメモリがSoC内の「Fabric」を介してCPUやGPUなどの各モジュールに接続されており、CPUやGPU、ニューラルエンジンなどから直接(そして並行して)メモリ上のデータにアクセスできるということです。これは、以前書いたメモリドリブンコンピュータと同じ考え方ですが、外付けの不揮発性メモリを使うメモリドリブンよりも高速に動作すると考えられます。
他の記事ではさらっと触れられただけで、あまり重要視されていませんでしたが、さすが本田さん、非常に早いタイミングでこの点に言及する動画を上げておられます。Fabricについての解説は3分40秒くらいからです。
Fabricは「織物」のことですが、今回の場合は、従来のような「バス型」ではないということを表わしているのでしょう。バス型というのは、真ん中にデータをやりとりする1本の「バス」が通っていて、そこにCPUやGPU、メモリなどが接続されている形式で、ノイマン型コンピュータの基本構造です。しかし、この構成だと、CPUがメモリにアクセスしている間はGPUはメモリにアクセスできません。その逆も真です。これだと、いろいろなタスクが複数実行されている場合にはバスの取り合いが起こり、各モジュールがフルに活動できません。これが上の記事にも書いたフォン・ノイマン・ボトルネックです。現実にはDMAやデュアルポートメモリ、バスの分離など、いろいろな工夫はされていますが、それでもボトルネックは深刻な問題です。特に現在ではCPUの処理速度が速くなりすぎ、データの供給が追いつかないのです。
Fabricもメモリドリブンも、メモリといろいろな処理モジュールを縦横に繋いで、CPUがメモリにアクセスしていてもGPUは別の口からアクセスできます。これで、データ転送がボトルネックにならず、さまざまな処理を並行して行う事ができ、全体の効率が高まるというわけです。
さらにM1では、SiPでひとつのチップ上に搭載することで、SoCとメモリ間の転送レートを上げ、遅延を少なくすることができますから、さらに効率が上がっているはずです。理論上は昔からわかっていたことですが、そのためにプロセッサを設計して生産するのはコストがかかりすぎます。今回、量産のパソコンでこのようなチップ構成を採ったのはAppleが最初ではないでしょうか。
本田さんの動画にもありますが、Appleの設計者は、早くからUMAに注目していたようです。Mac専用の、Macの処理に最適化したSiPにするためには、自社開発のプロセッサで無ければなりません。そのためのArmライセンス、そのための自社設計だった、ということではないでしょうか。
メモリの制限は、当面は大きな問題にはならない(と思う)
今回、M1搭載マシンのメモリ上限が16GBであることで、これでは足りないのではないかという論調があります。確かに、巨大な画像データや動画データをガンガン編集するような利用形態では、16GBではお話にならないでしょう。業務に使っている人の中には数百GBのメモリを積んで居る人はざらにいます。しかし、これは上に書いたように、SiPに搭載できるメモリ容量の制限なのでしょう。メモリの集積度が上がれば、もっとメモリを積めるでしょうし、チップを大きくしてメモリを増やすことも可能かも知れません。いずれにせよ、コストと生産量の問題でしょう。あるいは、16GB以上だとFabricの効果がそれほど上がらない、とかいうこともあるのかも知れません。
個人的な経験から言えば、私はIntelベースのMacbookで8GBで足りないと思ったことはほとんどありません。PhotoShopで巨大なデータを使う場合、ちょっと困ることもありましたが、そういう場合はデスクトップがありましたから、致命的ではありませんでした。M1のメモリ消費量がIntelと比べてどうなるのかはわかりませんが、同じ位だとすれば、少なくともビジネス用途でOfficeなどを使っている分には16GBあれば十分なはずです。AppleがM1をまずはノートから搭載したのは、その辺の読みもあるのでしょう。台数も多いでしょうし。
Appleは現在のIntelからApple Siliconへの移行を、これから2年かけて行うと言っています。私は、この2年というのは、十分なメインメモリを積めるようになるまでの時間なのではないかと考えています。アプリケーションの移行にも時間はかかるでしょうが、すでにAdobeやMicrosoftは来年早々にもM1対応版をリリースする計画ですから、それは大きな問題ではないでしょう。
2022年には、プロセスルールが現在の5nmから3nmに移行すると言われており、単位面積あたりのメモリ容量は増えます。それだけではMac Proに十分な容量には足らないでしょうが、3D実装などの手段もありますから、数百GBのメモリを持たせることも可能でしょうし、ひょっとすると、HPのメモリドリブンのように、外部にメインメモリを出す構成にするかも知れません。それが不揮発性であったりすると、なかなか面白い展開になるのでは、と思います。
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