A11, A12は次世代のAIエクスペリエンスへの布石だ
さて、恒例のiPhoneの新型が発表されました。スペックなどは事前のリーク通りで、「サプライズ」はありませんでしたが、今の時代、これは仕方ないでしょう。これ以上何を入れるんだ、というところまでスマホの高機能化は進んでしまっています。Appleといえども、画面サイズとかカメラの機能とかで差別化するしか無くなってきているのでしょう。
今回の新技術はA12 Bionic
しかし、カタログスペックに出にくいところで、Appleは着実に次への手を打っています。今回、一般に認知されにくい隠れた新技術は、A12 Bionicでしょう。本田さんや、
石川さんも書いています。
Appleは元々垂直統合によるユーザーエクスペリエンスの向上を追求してきた会社ですが、それをプロセッサの開発にまで拡張することで、Appleの目指すユーザーエクスペリエンスやエコシステムを実現してきました。
垂直統合は、明確なビジョンの元で理想を追求するためには良いアプローチですが、お金も時間もリソースも必要になります。各々のパーツを専門のベンダーが作り、それを組み合わせるほうが、コストも時間も節約できるため、多くのメーカーがこの手法を使っていますが、その反面、どこでも作れるようなものにしかなりません。汎用機やスパコンではまだ垂直統合の例もありますが、コンシューマ向けのデバイスでこれを実行し、最高のエコシステムにまで昇華できるのは、今の所Appleだけではないでしょうか。
今回のA12は、7nmという最新の技術を使い、そのメリットのほとんどを(一般にはメリットとして感じにくい)AIの強化に割り当てました。これは、Appleの中・長期的な戦略がAIにフォーカスしていることを示しているのではないかと思います。
7nmプロセスの採用というのは何を意味するのか
A12は、7nmプロセスという最先端の半導体製造技術を採用しています。今の所これを製造できるのは、今回A12の製造を請け負うTSMCを始め、世界でも数社しかありません。
業界初と言っていますが、Huaweiも同じ事を主張しているようですね。
A11は10nm(ナノメートル)でした。この数字は半導体の微細化の程度を表しており、これが7nmになるということは、回路幅が2/3になるということです。7nmは0.00000007m。これは銅原子60個分の幅だそうです。この先も微細化は進むでしょうが、数年のうちに原子の大きさに近づき、その辺が半導体微細化の限界と言われています。
こういう最先端技術の採用には莫大なお金がかかるため、付加価値の高い(=高く売れる)半導体がまずは採用する、というのがこれまでの常識で、一つ数万円~十万円以上するようなIntelやAMDの最新プロセッサやGPUが先頭を切ることが多かったのです。まあ、最新のiPhoneはそこらへんのPCよりも高価なわけですが。。(プロセスを正確に比較するのは結構大変で、Intelの10nmと他社の7nmは実は同等、という見方もあります)
増えたトランジスタの活用先は
微細化によるメリットは、もちろん集積度(単位面積あたりのトランジスタ数)が上がることです。集積度が上がった結果、A12はA11に比べて60%もトランジスタ数が増え(A11 Bionicは43億個に対してA12 Bionicは69億個)ました。しかしCPUコア数などは変わっていません。本田さんの記事によると、増えたトランジスタ数のかなりの部分をAI用に割り振ったのではないかと言うことです。(微細化によるもう一つのメリットとして、消費電力が下がることが上げられます。A12が処理能力の向上とともに消費電力の削減を謳っているのは、製造プロセスによる部分が大きいのではないかと思われます)
以前の記事にも書きましたが、AIの処理はスケールアップが効きやすいため、トランジスタを増やしてコアを増やせば、処理能力をほぼリニアに上げていくことができます。GPUなどがこの手法をとっているわけですが、同じ事をNeural Engineでも行ったのでしょう。
その結果、A11では毎秒6,000億回の演算ができたのが、A12では毎秒5兆回に増えました。TechCrunchが言っているように、この「演算」が何を表すのかわからないため、他社との比較はしにくいのですが、「AI処理がA11に比べて劇的に高速になった」ということは言えるでしょう。プロセッサコアは15%、GPUは50%性能が向上したそうですが、それらと比べても桁違いです。
Appleが狙うAIエコシステム
A11/A12でAppleがAIを強化してきたことは、近い将来にAIがモバイルデバイスにとって不可欠なものになることを予想し、それにハードウェア/ソフトウェア両面から備えるためでしょう。
ソフトウェアはアップデートすれば済みますが、ハードウェアはそうは行きません。AIがモバイルデバイスに必須の機能になった時に、全てのiPhoneの準備ができているためには、何年もかけてAI対応のiPhoneの比率を上げて行く必要があります。そのためにAppleはこの時期にAプロセッサにNeural Engineを組み込み、トランジスタを最大限割り振ることで、処理能力の強化を急いでいるのです。
次の30年へ
AppleはiPhoneのみならずMac、そしてその前のApple IIから、ハードウェアとソフトウェアの一体開発とそれによる最高のユーザーエクスペリエンスの提供を追求してきた会社です。
1980年、Macintosh発売の4年前にジョブズはこの様に話しています。
1980年代初めのコンピューター業界の成長はひとつの大きな欠陥によって妨げられている。その欠陥とは、コンピューターが箱から出してすぐに使えるようになっていないことだ。
記事にあるように、この夢は30年近くを経て、iPhoneによって実現されました。A11/A12のNeural Engineは、次の30年への布石なのかもしれません。