Apple は「しないこと」の意味を知っている
新しいハードウェアの発表がなく、がっかりした人も多かったAppleのWWDCですが、ハードウェアに関する発表が無かっただけで、ソフトウェアに関する発表は結構ありました。
まあ、Developer's Conferenceはソフトウェア開発者向けのイベントであって、新製品発表会では無いので、これは正しい姿と言えるのかも知れません。
今年のWWDCで、AppleのUIに対する姿勢について考えさせられたエピソードがあります。Craig Federighiのセッションで、「Are you merging iOS and macOS?」という問いかけをスクリーンに表示した後、この画面が。
AppleはiPod touchで初めてモバイルデバイスにタッチ操作を導入し、それがiPhoneに受け継がれました。いわば、タッチ操作の産みの親ですが、それをMacに持ち込む気は無い、それも「全く」無い、という強い意志を示したといえましょう。まあ、方針は変わるものですから、絶対とは言えませんが、少なくとも今の所は、ということですね。その代わりに、iOSアプリをmacOSで動かす環境の開発を行っているということです。
これについて、WIREDがインタビューを行ったようです。
この中でFederighiは、「MacはiPhoneのような動作はしない」と言っています。(原文は "Federighi emphasized that your Mac won't start behaving like an iPhone")Macを使うときは、ユーザーはキーボードかマウスに手を置いており、画面にタッチするのは面倒です。操作性を考えると、一緒にするメリットがありません。OSを統合して欲しい人たちは、恐らくmacOSとiOSで同じアプリを使いたい(あるいは提供したい)のかと思いますが、結局それは使いづらいものになってしまうのではないでしょうか。だから、「MacはiPhoneのような動作はしない」と言ったのではないか。
ここ、大事なところではないでしょうか。信念というか、哲学を感じます。「顧客が望むことでも、顧客のためにならないならサポートはしない」ということだと思います。これこそが冒頭の林さんの記事にもある真の"Customer at the Center of Everything"だと思うのです。松下幸之助さんは「客が欲しがるものを売るな、客のためになるものを売れ」と言ったといわれますが、通底するものを感じます。
UIはシンプルでミニマムが理想
AppleはMacの前のApple IIの時代から、UIには非常なこだわりを持ってきました。そしてそれは、Jobsのミニマリスト的な考え方が源流にあるのでしょう。便利そうな機能をごてごて盛り込むのは愚の骨頂、そぎ落とされ研ぎ澄まされた渾身のUIのみがサポートされるのです。(ティアオフメニューなんていうのも、Macが最初(ワンボタンマウスでコンテキストメニューのような動作をさせるため)ではなかったかと思うのですが、今調べてみても、そういう話は出てきませんね。まあ、これもハードウェアの制限をUIでカバーしようという試みだったのだと思います。)
マウスUIとタッチUIというのは、相いれない部分が必ずあります。例えば、マウスを使ったUIで一般的なマウスオーバー(マウスカーソルをある場所に持っていくと、メニューが開いたりする)は、タッチUIでは使えません。タッチでは、その場所を触ったらクリックになってしまうからです。これを「ユーザーエクスペリエンスを損なわずに」統一するためには、相当考えないといけませんが、「ちょっと変だけど、まあいいか」で良いなら、簡単です。
何事も、「要望があるからそれに応える」よりも「要望があるが、それはユーザーのためにならないからサポートはしない」のほうが難しいのではないでしょうか。安易にサポートするのに比べ、何倍も調査・検討し、確固たる哲学の元に判断しなけばならず、それをユーザーに納得して貰わなければなりません。失敗すれば、業績に影響するでしょう。どうしても、リスクを恐れる余り、半端なサポートで妥協してしまうかもしれません。
特にUIに関しては、Simple is the bestが通用します。昨今のテレビのリモコンを見ていると、これはそのうちフルキーボードになっていくのではないかと心配になります。「機能が増えたからボタンを増やそう」ではなく、ボタンを増やさずに同じ機能を使えるようにするためには、何倍も知恵を絞らなければなりません。Appleには、それがわかっているのではないかと思います。