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【書評】コピーがイノベーションを加速する?――'The Knockoff Economy'

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他人のアイデアをコピーし、さらにはコピーしたものを提供して利益をあげる。それは倫理的に許されない行為であるだけでなく、オリジナルを生み出す努力を阻害するもの、つまり社会にとってマイナスになるものとして否定されています。しかし本当に「コピーが許されるとイノベーションは消える」という単純な式が成り立つのか。現実世界ではその逆も起こり得るのではないか――'The Knockoff Economy: How Imitation Sparks Innovation'は、そんな直観に反する事例を扱った一冊です。

The Knockoff Economy: How Imitation Sparks Innovation The Knockoff Economy: How Imitation Sparks Innovation
Kal Raustiala Christopher Sprigman

Oxford Univ Pr (T) 2012-09-17
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はじめに断りを入れておくと、本書は特許や著作権制度を否定したり、模倣やフリーダウンロードを礼賛するものではありません。著者のカル・ラウスティアラ(UCLAの法学教授)とクリストファー・スプリングマン(バージニア大学ロースクールの研究教授)の両氏は、コピーの許容によってオリジナルを生み出そうとするインセンティブが失われたり、 個別の企業が金銭的被害を被ったりする場合が確かに存在することを認めています。しかし「コピーが許される環境では、必ず最悪の結末が訪れる」という考え方も物事を単純化し過ぎており、現実の世界においては、「コピーが許される」という状況は意外な影響をもたらし得ることが様々なケーススタディを通じて描かれます。

例えば第一章で取り上げられる、米国のファッション業界のケース。Favianaという業者が一例として取り上げられているのですが、彼らのビジネスモデルは「イベント(アカデミー賞授賞式など)に出席したセレブ達のドレスをコピーして安価で販売する」というもの。米国の法体系では、このモデルは違法なものではなく、同じ行為を行っている企業がFavianaの他にも多数存在しています。また売れているデザインを他のブランドがパクっても(もちろん商標までコピーしてはいけませんが)、倫理面からの批判を行う以上のことはできません。

それでは米国のファッション業界は、法律でコピーを取り締まれないという状況があるために、衰退の一歩をたどっているのでしょうか?もちろんそんなことはなく、米国はファッション産業の中心地の1つとして勢力を誇っています。確かに個々の争いに目を向ければ、コピーによって売れ筋を失うといった企業が存在しているでしょう。オリジナルを生み出したデザイナーが、正当な評価を受けられないという場合もあるかもしれません。しかし業界全体として見れば繁栄しているという状況を、本書は「海賊行為のパラドクス(Piracy Paradox)」と呼び、理論ではなく現場で働く力学を解明してゆきます。

詳しい解説は本書でお楽しみいただくとして、1つ面白いのは、コピーがあることによって逆にイノベーションが促されているという指摘。改めて説明するまでもなく、ファッションとは流行り廃りの商売です。先進的なファッションが皆に「真似されて」流行となり、陳腐化して新たな先進的ファッションが求められる――であれば自由にコピーができるという状況は、この流行り廃りのサイクルを加速して、革新的なデザイン=イノベーションの登場をより強く促すことになります。その結果、本来ならば1年間着てもらえるはずの服が半年で捨てられて、買い替え需要が前倒しで起きることにもなるでしょう。繰り返しますが、(個々のブランドや地球環境の視点からではなく)あくまでも業界全体として見れば、このような形でコピーがプラスに作用する場合もあるわけですね。

他にも「コピーが許されることで過去のアイデアを改善する形でのイノベーションが起きる」や「金銭的メリットが得られなくても別のメリット(名誉など)がイノベーションのインセンティブとなる」など、海賊行為のパラドクスをもたらす要素が1つ1つ検証されてゆきます。取り上げられる業界はファッション以外にも料理(レストラン)業界やお笑い業界、データベース業界など多岐にわたっており、自分の業界にも当てはめて考えられる事例が含まれていることでしょう。

恐らく本書を読む最大の価値は、因果関係とは人間が頭の中で想像できるほどシンプルなものになることは少なく、多くの場合は思いもよらない要素とメカニズムが現実を決める、という当たり前のことを思い出させてくれるという点ではないでしょうか。コピーに限らず、ビジネスや特定の業界にとって「絶対的な悪である」という印象を与える行為は他にも存在します。しかし卓上の議論は往々にして誤りであり、本当に業界の発展を願うのであれば(あるいは他の企業を出し抜いて隠された利益を手にしたいのであれば)、宗教的な論争に巻き込まれることを避け、大きな視野で市場力学を把握しなければならない――本書が取り上げる事例は、そんな教訓を様々な形で思い出させてくれると思います。

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