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リアルタイム時代に潜む「即座に理解したい」という罠

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JIM ROBERTS, the assistant managing editor who has helped create today’s NYTimes.com, likes to call it the 1440/7 news cycle — 1,440 minutes every day, seven days a week, each one of those minutes demanding news for delivery to a networked world.

報道の現場では、ネットワーク化された世界に向けて、毎分のようにニュースを配信することが求められている。1日1440分、それが週7日間続くわけだ。New York Timesのアシスタントマネージャーであり、今日のNYTimes.comを創り上げるのに尽力してくれたJim Robertsは、この現状を「1440/7のニュース・サイクル」と呼んでいる。

という印象的な言葉で始まる、New York Times紙のパブリック・エディター(※NYTに対するオンブズマンのような立場の役職)Arthur S. Brisbane氏の記事。非常に考えさせられる内容ですので、ご紹介しておきたいと思います:

Time, the Enemy (New York Times)

タイトルは「時間、それは敵」とでも訳せるでしょうか。となれば、何をテーマにした記事か察しが付く方もいらっしゃるでしょう。そう、先日発生したガブリエル・ギフォーズ下院議員の銃撃事件の際、同議員が死亡したという誤報が流れたこと(参考記事)について論じられています。残念ながらNew York Times紙も誤報を流してしまったのですが、彼らも「毎分のようにニュースを配信することが求められ、それが1日1,440分×週7日間続くような状況で、速報性と信頼性をどう両立させるのか?」という問題に直面しているわけですね。

Brisbane氏は誤報が生まれてしまった状況について、次のように解説しています:

Here’s how the error was made. It was hectic in the newsroom with many news reports flowing in as Kathleen McElroy, the day Web news editor, was trying to decide whether The Times was ready to report Giffords’s death. She decided against it and was telling Web producers to hold off reporting it in a news alert when J. David Goodman, who was writing the story, told her he had a few changes he wanted to make.

Ms. McElroy said, “I should have looked at every change,” but she thought Mr. Goodman was referring to small stuff. Mr. Goodman told me he then erred by reporting Representative Giffords’s death in the lead as though The Times itself were standing behind the information. In any event, Ms. McElroy had said O.K. without seeing that change, so Mr. Goodman pushed the button.

The result was a news story with changes that were not edited. Less than 10 minutes later, a new story appeared with the words “and killed” stricken.

誤報が起きた経緯はこうだ。当日のウェブ版ニュース編集者であるKathleen McElroyは、無数のニュースが飛び交う慌ただしいニュースルームの中で、ギフォーズ議員の死を報じるか否かを判断しようとしていた。彼女はそれに「ノー」という答えを出し、ウェブプロデューサーに速報には流さないよう伝えたのだが、そのとき当該記事を書いていたJ. David Goodmanが数箇所の変更を求めてきた。

McElroyは「変更した点すべてに目を通すべきでした」と語ったが、彼女はGoodmanが言っているのは小さな修正だと思い込んでいた。しかしGoodmanが私に語ったところによれば、彼はその時リード文でギフォーズ下院議員の死について触れてしまっており、あたかもNew York Times紙がその情報を支持しているかのような印象を与えていたのである。いずれにせよ、McElroyは変更点に目を通さずにオーケーを出し、Goodmanはボタンを押した。

その結果、記事は変更点に手を加えることのないままとなってしまった。そして10分もたたないうちに、「そして死亡した」という言葉の入った記事が公開されたわけである。

ということで、「1440/7」という状況がチェック漏れを招き、結果として裏の取れていない情報が公開されてしまったとのこと。しかしいくら時間に迫られているからといって、ミスが許されるわけではありません(もちろんBrisbane氏は釈明しようとしてこの記事を書いているのではなく、何が起きていたかを検証しているに過ぎませんが)。リアルタイムのプレッシャーを受け、混乱している最中であっても抜け落ちが起きることのないよう、新たなチェック体制を考える必要があるでしょう。

ただし、ここでBrisbane氏の考察が終わるわけではありません。時間というプレッシャーが、もう1つ別の過ちを招いているのではないか、と彼は指摘しています:

The Tucson shootings afforded another, quite different illustration of the pressure of time in news coverage — not pressure measured in seconds and minutes, but pressure that news organizations feel to define the context of a story, to set up a frame for it, sometimes before the facts can be fully understood.

The Times’s day-one coverage in some of its Sunday print editions included a strong focus on the political climate in Arizona and the nation. For some readers — and I share this view to an extent — placing the violence in the broader political context was problematic.

トゥーソンで起きた銃撃事件は、時間というものが与えるプレッシャーが、別の形で報道の世界に現れていることを示している。それは「一分一秒を争う」という類のプレッシャーではない。事件の文脈を定義し、構図を作り上げたくなるプレッシャーだ。時には事実が完全に明らかになっていない状況でも、報道機関はそのような誘惑に駆られることがある。

New York Timesが事件の第一日目に行った報道は、日曜版の一部に掲載されたが、その記事ではアリゾナ州および米国全土の政治状況に強い焦点が当てられていた。しかし読者の中には、この事件を政治の文脈で語ることを問題だと考える人々もいた(私もこの意見をある程度支持している)。

そして実際に、容疑者であるJared Lee Loughnerに精神障害があるという事実が(意図的にかどうかは分かりませんが)過小評価されてきたことについて述べています。つまりこの銃撃事件は、政治的な意図とは全く無関係に起きたものである可能性もあるわけですね。

報道機関の人々は、「この事件はこういう背景があって起きたのですよ」というような解説を入れるプレッシャーに駆られているのではないか――確かにマスメディアの報道には、そのような文脈定義が行われているものが少なくありません(先日の記事"チュニジアの「ジャスミン革命」は「ソーシャルメディア革命」と呼べるのか?"でも、チュニジアの政権崩壊を「ソーシャルメディア革命」という文脈で考えてしまう傾向について考えました)。と言うより、それがなければ単に事実を伝えるだけの存在、通信社と変わらなくなってしまうのだから、「文脈」があって当然じゃないか」と考えられるかもしれません。あるいは読者である私たちの側が、そのような背景説明をマスメディアに求めてしまっているとも言えるでしょう。いずれにせよ、事件の背景や文脈、構図というものを、限られた時間の中であっても作り上げようとするプレッシャーに駆られているのではないか(そして短い時間で考察することにより、稚拙な分析という結果をもたらしているのではないか)とBrisbane氏は指摘しているわけです。 

もちろん事件の背景を考えること/教えることは、非常に重要な行為です。しかしあらゆる情報がリアルタイム化する状況の中で、報道に携わる人々も、報道を消費する人々も、そしてもちろんソーシャルメディアのユーザーたちも、「この事件が起きた理由も"今すぐに"知りたい/解説したい」という思いに捕らわれてしまっているのではないでしょうか。そんな心理状態では、非常に分かりやすい構図や、以前から抱いていた思い込み――銃撃が起きたのはペイリンが煽ったからだ、20年以上続いた独裁政権が倒されたのはソーシャルメディアのおかげだ、民主党が中国と仲良くしようとしているのは国を売り渡すためだ、などなど――に飛びついてしまうことでしょう。それではいくら光速で情報が飛び込むようになっても、目に映るのは世界の誤った姿だけになってしまいます。

では私たちはどうすれば良いのか。Brisbane氏は次のような言葉で記事を終えています:

Whether covering the basic facts of a breaking story or identifying more complex themes, the takeaway is that time is often the enemy. Sometimes the best weapon against it is to ignore it, and use a moment to consider the alternatives.

速報で事実を報じようとしている時であれ、その背景にあるより複雑な構図を見出そうとしている時であれ、時間は敵になりがちだということを今回の一件は示している。時間に捕らわれず、少しのあいだ別の視点を考えてみること。それが時として、最良の対抗策となるだろう。

この言葉はNew York Times紙のスタッフだけでなく、ソーシャルメディアを手にした私たち全員が心に刻むべきではないでしょうか。

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