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2007年8月15日 » |
あまりスポーツとか、マスコミに話題になっているトピックスをブログに書くのは好きではないのですが、朝青龍の問題で、また、日本人の感覚の不思議さを感じているので、あえて投稿します。個人的な感想ですので、その旨、ご理解いただきたいと思います。
私は普段テレビを見ないのですが、夏休みで田舎に帰っており、何の気なしにテレビを見ていたら、この朝青龍の過熱報道があり「あーぁっ」と、またがっかりしてしまいました。この問題の推移はテレビで嫌というほどやっているので、割愛します。
朝青龍は、朝青龍である前に、「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」というモンゴル人である、ということをつい忘れてしまっています。彼はモンゴル人の英雄であり、はるか遠い日本という国で、相撲という「スポーツ」で一番強く、チャンピオンになったのです。モンゴルの英雄像というのはどんなものなのかわかりませんが、はるか昔のジンギス汗を想像すると、きっと強きものこそが王・英雄なのではないでしょうか。
相撲協会は彼を横綱にしたのですが、相撲や横綱というのは、日本の古来からある原始的宗教と密接に絡み、日本人にとっての重要な価値観を育ててきました。横綱とは、いったいなんなんでしょうか。横綱は神社に土俵入りを奉納します。雲竜型と不知火型がありますが、これは、陰と陽を表し、守りと攻めの意味でもあります。相撲自体は神事のうちには入りませんが、大きく関連しています。
近年外国人力士が横綱になる場合があります。日本で生まれ育っていない「スポーツマン」が横綱になったとして、果たして、どこまで横綱の価値を肌身で感じられているのでしょうか。曙は堂々と横綱を務めましたが、彼はたいへん頭も良く、「木鶏」の事を習いました。木鶏は中国の故事ですが、曙はこの双葉山の例を覚えて、横綱を演じていたのではと、想像しています。
朝青龍も頭の良い人だと思いますが、同時に「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」というモンゴル人であることを誇りに思っており、モンゴルの人たちとは、リーダーとして接していると思います。子供達のサッカーに参加したのも、遊んでいたのではなく、モンゴルの英雄としての責務だと思ったのだと、考えます。おそらく、骨が折れていようと、モンゴルの子供達に笑顔で接したのだと思います。
しかし日本人は、朝青龍を横綱としか見ていません。その大きな溝は、彼をしても埋めることができません。日本人としては、その辺を理解してあげて、モンゴルに帰してやればいいと思います。
もし、メジャーリーグのイチローや松井英喜、松坂などが怪我をして治療しなければならなくなって、本人が日本で治療したいと言ったとき、アメリカ側で、「彼はメジャーリーガーの有力選手だから、アメリカで治療すべきだ。日本に帰るなんてとんでもない。」といったらどう思いますか。同じ事を今、我々は言葉に出しています。モンゴルにも報道されていると思います。
日本人にとって当たり前だと思っていることが、他の国ではまったく在り得ないことはたくさんあります。一応、日本は文明国家だと思われているのですから、双方の現状、考え方、歴史的背景を踏まえた言動や行動を取るべきだと思います。
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こんな例があります。弊社の説明資料(スライド等)では多くの写真を使って、イメージを膨らませています。この写真は一箇所に集められ、集中管理されています。このなかに、相撲取りが休みに携帯を使っている写真があるのですが、髷を結って、畳の上に布団を重ね、上半身裸で下はぶかぶかのパンツです。
これを見て、数カ国のサンのメンバーが、これは下品で野蛮だから、使うな、という反対意見が出て、喧喧諤諤の討論になりました(メールでですが)。特にフランスと中国が反対派、アメリカは「良いじゃん」という賛成派。私は、これは相撲取りで全然下品でも野蛮でもなく、これは日本の誇る競技である、と言ったら、それ自身が野蛮であるとある中国人からの反論がありました。
中国人にとって、特に北京を中心とする北部では、ふんどしひとつで、裸でぶつかり合う相撲は、どのように考えても格の高い人のすることではないのです。思い出すと、水泳やボクシングなど、裸で行うスポーツでは、妙に中国人が少ないと思いませんか。いたとしても、南部の人たちなのでは。
ある国の人にとって誇りであることが、他の国では悪いことになる可能性を常に頭に入れておくのが、今後の日本人は必要なことではないでしょうか。ちなみにこの写真は、破棄されず、一定期間使われました。(周期的に写真を換えるのでいまは使っていません)。
かみさんに怒られた。7/30-8/5 の週間アクセスランキングで、「有給休暇の取り方について」という投稿がアクセス2番目に入ってしまった。私は有給休暇はその年の分はその年に使い切ってしまうタイプで、できれば無給休暇という制度も作って欲しい、という内容だった。かみさんが言うには、
「普通の人は周りに気兼ねして、有給休暇も遠慮しているのよ。あんたみたいな普通じゃない有給休暇の取り方じゃなくて、どうしたら周囲に迷惑をかけずに休むかを知りたかったんじゃないの」
確かに。有給休暇を周りに迷惑をかけずに取る方法を知りたくて私のブログをご覧になった方々、まことに申し訳ございませんでした。
m(_ _)m
その後、どうやったら周りに迷惑をかけずに有給休暇を取るかの方法をいろいろと考えたのですが、結論としては、
そんな方法は無いのではないか。
です。強いて言えば、周囲の人たちと相互協力し、仕事へのインパクトを最小に抑えるための工夫をして、みんなが休みを取れるようにするしかないだろうと思います。私のように空気も読まず、わがまま勝手に休みを取っている者など、きっと「あいつ、また休んでいやがる」と言われているんだろうなぁ。
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休暇というと、私は1990年代に仕事をいっしょにさせて貰った、IBMのあるジェネラル・マネージャの事を思い出します。彼女の名前は、ジャネット・パーナ。2005年7月まで、DB2についての研究・開発と全世界のビジネスに責任を持つ、最高責任者でした。カナダのトロントに本拠地を置いていましたが、世界中を飛び回って、先頭に立ってビジネスをリードしていました。
ジャネットが日本に来るときは、現在シトリックスの社長の大古さんと私が対応していました。ちなみに大古さんは私の上司としては最長期間上司であった方で、尊敬しており、年上の方で失礼ですが、親友だと思っています。
さて、いつの事だったかはあまり記憶がありませんが、ジャネットと会って、雑談しているとき、たしか秋の終わり頃だったので、クリスマス休暇の話になり、こんな内容の事を彼女は言っていました。
「仕事上、普段は全然休みを取ることが出来ないけれど、今度のクリスマスは1週間、しっかり休暇を取るつもりよ。メールも一切見ないし、電話も取らないで、リフレッシュするの。」
ジャネットは当時、たしか独身で、悪口をいう人は、ジャネットはレスビアンだ、なんて言ってたけれど、良い人だったなぁ。それに、なかなか美人だったし・・・。ん?
IBMのような会社のジェネラル・マネージャレベルの人は、まあ、サンでも同じですが、忙しくて自分の休みもままならない。でも、そういった人たちは、私のようにちょっと精神的に参っただけでブログが書けなくなってしまうのと違い、常にパワーがあり、積極的です。傍で見ていると、彼らはいつもユーモアを忘れないし、上手に体を休ませたり、逆にホテルで、夜、ジムやプールで汗を流したりしている。
まあ、まねしようとしても、同じようなことはなかなか出来ないけれど、どんな状況でもパニックにならない、常に次どうするかを考えていて、すーっと次のアクションに移るようなところは、学びたいなと思います。
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