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30年に渡って関わってきた米国のITの出来事、人物、技術について語る。

IT技術者に学位は必要か

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米国航空業界をIT技術で制覇しようとした男(達)の完結編は来週以降として、今週はちと違うネタで。。。。

IT技術者に学位は必要なんだろうか。あって邪魔になるとも思えないが。

その前に少しバックグラウンドを述べる。米国に行ってから30数年になるが、その間の人間関係はIT関係者、しかも高学歴の人達が圧倒的に多い。人種のことを書く場合は細心の注意が必要だが敢えて書くと、IT関連では白人、中国人、インド人が大多数を占めている。今までにヒスパニック系や黒人でITをやっている人に会ったのは数えるほどしかない。また、韓国人も日本人も圧倒的に少ない。

筆者は極度のへそ曲がりで、学位はないがITで成功している人を大いに尊敬する。学位があっても成功していない人より数段格が上だと思っている。確かに見回すと、大学の先生や研究所関係では博士を持つ人が多い。しかし今まで知る限りで、かなり著名な大学の教授で博士を持っていない先生が一人だけいらした。この先生はコンパイラーの大家だった。授業をとり始めたが宿題が多いので、途中で投げ出してクラスをドロップした。博士を持っていないと普通正教授にはなれない。裏返せば、それだけすごい実力だったということだろう。しかし、物腰は柔らかく決して他人を蹴散らして突進するというような人ではなかった。これも格好いいと思うひとつだ。

学位よりも実経験が重要だという例を1つあげよう。筆者の博士課程での課題は、大規模ソフトウェアの保守フェーズに於ける諸問題に解を見つけることだった。筆者のいた研究室では、大規模ソフトウェアを改造する際どのように処理するかというテーマに取り組んでいた。まず、改造したことによる影響を予測するという研究が進んでいた。筆者に与えられた課題は、改造後にどの程度の再検証をすれば良いのかを考案することだった。研究と称して多くの文献を読み他の研究者とも議論したが、しょせん大規模ソフトなんか触ったこともなければ、保守フェーズで再検証なんかしたこともない。それでも、それなりのペーパーが書けてしまう恐ろしさがある。分野によっては、研究だけでも問題ないだろう。特にコンピューティングの理論の場合、NP-completeやTuringのhalting machine的な話だ。これは、理論が先行するので問題はない。だが、実際のソフトを扱う所謂ソフトウェア工学は、実際の経験なしに理論だけ、というのではどうにもならない。しかし、ソフトウェア工学は学問として研究されてきた。

筆者は断言するが、ソフトウェアは学問ではない。これは徒弟制度で親方にどやされて覚えるものだ。しかも、素質がなければいけない。大工や落語の世界のように、親方や師匠の一挙一動を見てその技を盗むしかない。誰にでもソフトが開発できるためのソフトウェア工学だったが、ソフトは理論じゃない。Unixの上でEmacsだけを使ってがんがんコーディングする職人。こういう人は大抵修士や博士を持っていない。その手さばきは実に美しい。何も学位がない方が良いとは言っていない。学位を持つことで得られることもあれば、決して得られないものもあると言いたいのだ。

筆者のソフトウェアとの遭遇が研究だったことは、正直言って良かったのかどうか分からない。特に、検証を理論的にどうかしようというのは無謀だった。しかも、大規模ソフトの、さらにその保守のフェーズで。検証は大雑把に言えばグラフ理論を応用してどの部分をどれだけ実行したかを測る、または統計学的にバグの発生率を記録してソフトの信頼性を測るものだ。今いろいろと経験を積んで言えることは、ソフトはどのような検証の方式を使用しようとも、ユーザを利用した大規模で長期に渡るモルモット実験を行わないとどうにもならない、ということだ。ある大手のOS会社はこれが得意である。MySQLのコンサルを数年やったが、MySQLのリーダーも、新たなリリースはたくさんのユーザに検証をしてもらい、バグ出しをすることが必要だと述べている。1つのリリースが落ち着くためには数年を要する。これが、SPのリリースの期間と何となく同じなのは、多分ソフトがそんなものだからだろう。これは理論だけではどうにもならない。ソフトウェアは学位よりも実経験が物を言う分野なのだ。

最後に、学位はないが実経験と柔軟性のある人間が成功した話を挙げておく。昔の部下にTというのがいた。当時、ORBのプロトタイプを開発するために、パートタイプの人材を求めていた。高卒後(アメリカでは義務教育は高校まで)、テキサスの片田舎の空軍基地でアルバイトをしていたTが応募して来て採用した。その後正社員となった彼は、筆者のいた部門がテキサスからサンホゼへ移動する際に、引越し費用会社持ちでシリコンバレーに移った。Tはその後いろいろと自分のアイディアを駆使して、会社のリソースを使ってプロトタイプを作り、シリコンバレーのVC(ベンチャーキャピタリスト)に提示して投資を受けた。サンホゼへの移動と会社での環境がなければTは成功を収めてはいまい。しかし、成功を収めた後、Tから連絡はない。Tの行動は自己本位だがしかし、その行動力や実行力は、Tが学位を持っていたらきっと無かったのではないかと20年近く経って筆者は思う。

学位があると、シリコンバレーでの成功にプラスになるだろうか、それとも邪魔になるのだろうか。今でもこれは分からない。学位があるから皆が恐れ入る、という程世の中甘くない。ただ言えるのは、一番格好いいのは、学歴がなくて成功している人で、その次は学歴があって成功している人。学歴があって成功していない筆者などは最悪である。とまあ平然と言えるくらいだから、実はそれ程何とも思っていない、と「自分を冷静に見れる」筆者は考えている。

Comment(4)

コメント

こんばんは。
修士も博士も・・・そもそも情報系の教育をほとんど受けていない私としては、とても励まされる内容です!

徒弟制度とも言えるかも知れませんが、個人的には、自力で何とかしようとする力・思い入れが重要かな、と思ってます。

Shin

ITで学位が重要でないというのはその通りだと思いますし、ビル・ゲイツもラリー・エリソンも大学中退だということはそれを証明しているように思えますが、現実に米国でIT企業に就職しようとしたら、Computer Scienceの学位を持っていないと普通は門前払いですよね。単に学位があるかどうかだけでなく、大学での成績も重視されます。
そのせいかどうかわかりませんが、大学の成績は優秀だったが、入社後に思うように成果が上げられない若手社員に「自分はこんなに優秀なのだから、成果が上がらないのは会社のやり方が悪いからに違いない」と言われて閉口したことがあります。

かなり前に書いたのに、いまだに結構なヒットがあるようです。内容は今でもそう思ってます。原発の問題を見ていると、博士号に素晴らしい経歴の大先生がたくさんTVに出てきます。しかし、彼らには今の問題を解決できない。正に言いたいことはこれです。

がると申します。

学位がない私としては「学位もあって実績もあって」ってのが「格好いいなぁ」って思うのですが(笑
とはいえ、やはり「実績の有無」というのがなによりも大切で、というのは、非常にわかる話だなぁ、と思いました。

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