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鳩山氏辞任に見るオフレコの怖さ

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 日本郵政社長人事をめぐり、鳩山邦夫総務相が辞任したが、週刊新潮 2009625日号(2009/06/18発売)が「自民党 下野前夜物語/麻生総理に盟友「鳩山」を斬らせたオフレコメモの配達人」と題し、麻生総理の最終決断に政治部記者のオフレコメモがあった、と報じている。

 

 社会部記者と違って、政治部や経済部の記者は取材対象の懐深くまで入り込んで「味方」だと思われないと、まともな記事が書けない。このため、本音は隠して、まずは、気に入られるような記事を書いたりして信頼関係を築く。「味方」だと思われればオフレコで情報はもらえるが、今度は、知っていても、書けない状況が生まれる。書けるのは取材対象と縁を切る時だ。鳩山前総務相のオフレコメモを流した政治部記者は「麻生総理」側が勝ち馬だと判断したということだろう。

 

 「取材にオフレコはありません」。企業の経営者を対象にしたメディアトレーニングでは必ずこう指導する。老練な記者との雑談に気を許してしまい、ついつい公表されていない財務データや他社の悪口を言ってしまうことが多いのである。

 

麻生総理がオフレコメモだけで最終決断したとは思えないが、「取材にオフレコなし」を改めて感じた。

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