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ケータイ小説に「不快な違和感」

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ケータイ小説が今年のベストセラーの文芸部門のベスト3を独占したとのことです。オルタナティブブログでもシロクマ日報で取り上げられていました。(ケータイ小説の「身近」度

私はケータイ小説を携帯電話で最初から最後までするということがないのですが、好きな人がいてもいいのかなと思います。中学の時なんかは周りにいわゆるライトノベルにはまりこんだ人がチラホラいました。それと似たようなものじゃないかと考える事にしています。

しかしながらベスト3を独占というと、少しもちもる悪いですね。この「もちもる悪い」というのは、かの有名な『恋空』でも使われている文学的表現です。意味はよくわかりませんが、たぶん気持ち悪いとかそんな意味だと思います。同じようなニュアンスで「不快な違和感」と言い換えても良いみたいです。

という冗談は置いておいて、ケータイ小説を批判的に見る向きが多いのはこういった言葉の乱れが要因になっているのではないかと思います。ネットで使われる2ch用語などと違って紙メディア上で本気っぽく使われているところが批判を呼ぶのでしょう。日本語の未来というものにぼんやりとした不安を感じるからかもしれません。

少し前であれば、こういった現象に対して1人1人が違和感を感じても、それを共有する手段がおしゃべりか新聞の投書欄くらいしか無かったのではないでしょうか。それでも昔バイク事故が増えたおりには中高生を持つ親を中心に「3ない運動」が繰り広げられるまでに運動が広がったそうですが、バイク=悪いというイメージが広がるのには今よりも多くの時間と労力が必要だったことでしょう。

そのような環境で「ケータイ小説」のような流行について批判的なことを言うと、流行を理解できない人だと思われるのではないかと不安に感じるかもしれません。そのおかげで、メディアが中心となって生み出される流行に対して抗いにくい心理があったのではないでしょうか。 それがインターネットで個人が気軽に情報を収集・発信できるようになり、「ケータイ小説どう思う?」というテーマについて「悪い」という意見が自分だけでないことを確認し、安心できるような環境ができつつあるように思います。

これについて、私が個人的に違和感を持っていたことについて、ネットで賛同者を見つけてほっとした実例があります。YOSAKOIソーラン系の祭りについてです。「服装は奇抜でおもしろいけど、踊り子さんたちが自分達だけで楽しんでいるだけで、素人の踊りを見せられる側からしたら大しておもしろいお祭りじゃないなぁ」と思っておりました。知り合いでも出ていたらおもしろいのかもしれないですが、道路を塞がれるわスピーカーから出るBGMはうるさいわであまり好きになれませんでした。

そう思いつつも、全国に広がって有名なお祭りになっているという事実の前では、自分の感覚のほうがずれているのかと思っていました。そのため、人前でそのような事は口に出さないでいました。ところがある日、インターネットでYOSAKOIソーランは何とかならないのか?という意見を見つけました。服装がだらしないとか、参加者に不良っぽい人間が多いとか、運営が金を儲け過ぎだとかいう内容でした。

この運営費等の問題についてはwikipediaにも取り上げられています。また、北海道新聞のアンケートによれば、「好き」が45.3%に対して「嫌い」は53.6%という結果だったそうです。北海道新聞のサイトからソースが見つからなかったため、痛いニュースにリンクさせていただきましたが、痛いニュース内にも批判的なコメントが多く寄せられています。痛いニュースの管理人が取捨選択した結果であり、実際のスレッドの流れとは異なるとはいえ、多くのアンチYOSAKOIを見てどこかほっとしました。

合計ではYOSAKOIを嫌いな人が多いのに、祭りは中止にならないしテレビでも放映される、というのはおもしろい現象であるように感じます。テレビでやるくらいだからみんなYOSAKOIが好きなはずだ、それを自分が「つまらん」なんて言ったら自分こそ「つまらん」やつだと思われてしまう。匿名のアンケートくらいは正直に「嫌い」と答えよう。という人たちがたくさんいるからこそ、アンケートでは「嫌い」が多数派なのおに祭りが縮小・中止されないという状況が生まれているのではないかと見ています。

アンケート結果を確認するなどして自分が少数派でないことを知れば自信を持って反対意見を表明できるようになります。恋空にもアンチ系のまとめサイトがあり、病気や妊娠の様子などの描写がおかしかったり、日本語があやしかったりするところがガッシボカッと突っ込まれているようです。また、Amazonの恋空のレビュー欄なども多くの批判的レビューが書き込まれています。

”スイーツ(笑)”という言葉も、自分の違和感が正しいのか、それとも間違っているのか、という葛藤から生まれてきた言葉であるように思います。「スイーツなんて気取らずにお菓子って言えばいいのに」という思いを腹の底に貯めていた人が多くなかったら、ここまで流行する事もなかったでしょう。我慢していた反動のようなものがあったのではないでしょうか。

そしてこの違和感の共有に大きな貢献をしているのがブログであると思います。誰しも最初の1人になるのは勇気がいりますが、何人かが違和感を表明してくれてさえいれば後に続くのは簡単です。1人目が有名ブロガーであればなおさらです。しかしながら、自分と同じ意見の人を見つけて「あーよかった」と安心する事を続けていると、いつの間にか本当に世間ズレしてしまっているなんていうことがあるかもしれません。いつの間にかブロガー(笑)が流行語になってしまわないよう気をつけたいです。

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