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東横線渋谷駅の地下化の不便さはビッグデータ活用しなくても分る話しじゃないの?

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「ビッグデータに死ねと言われた東急」という刺激的なタイトルで記事をご覧になった方も多いのではと思います。

ここで紹介されている事例ではビッグデータ活用から見いだされた知見として、

Power BI for Office 365の早期ユーザーである東急百貨店。同社はビッグデータとしてSNSのデータを分析しており、東横線渋谷駅の地下化に伴う不便について、「東急死ね!」といった声が多くあることに気がついたという例と、

閉館した東館7Fのベビー・子供服/おもちゃ売り場がなくなったことによる影響(東急本店には子供服売り場は存在するが、駅のすぐそばで買えた子供服を買いに行くには遠すぎる)のことが紹介されています。

これまで地上にあったホームが、あれだけの地下にもぐってしまう事になり、そこは変えられない訳ですから、そういう声が出てくるであろうことは、著者の方も書かれていますが、普通に想定内の話しだろ…自分も思いました。

「東急死ね!」というTwitterでの利用客の生の声を目の当たりにするまで、その不便さを実感できなかったのかという利用者目線の欠如への懸念と、よくある行為者と観察者の視点が違うということを踏まえてもビッグデータ活用の例としてちょっと疑問を感じるところです。

記事では、SNSのビッグデータ活用がさまざまなマーケティングに使われるようになり、個人の声を汲んでもらえる可能性をソーシャルな時代を象徴する事例として紹介しつつも、twitterで発言するような層は、社会全体のごくわずかなのだということも忘れてはならないと、警鐘を鳴らしておりここにも同意するところです。

そして、Power BI for Office 365のようなビッグデータ利用で、より現場に近いところにいるスタッフやマネージャーによるデータ分析を可能にすることが、新たなマーケティング手法を生み、それが新たなビジネスチャンスを生むとしています。

これを読んで「統計学が最強の学問である」の西内 啓さんがオラクル社のイベントで、データサイエンティストのような特殊なスキルをもった人達に高い金を払わなくとも自分達でやれることはありますよ、という趣旨の発言をされていたのを思い出しました。

プロフェッショナルを起用することで得られるメリットと、自分達でやることでのメリット・デメリット双方ありますから、ITが助けてくれるとはいえ、いくらかの専門的な素養と知識、データから予測したり仮説を立てることができるセンスがあることが望ましいでしょう。

そしてデータからマーケティングに役立つ何かを導き出す過程においては、人間は自分が分かっていることしか分らないという、内省・内観の課題は周知の通りですし、こちらにあるような四分割表のBとCマスの存在の認識とそこからの意見をどう吸い上げるのかという行動心理学的な側面の知見も必要になってきます。

面接で
ドジした ドジしない
採用 された
されない

出典:道田 泰司 (著), 宮元 博章 (著), 秋月 りす「クリティカル進化(シンカー)論―「OL進化論」で学ぶ思考の技法 」北大路書房 (1999/04)

今回紹介された東急の例では少し疑問な部分もありましたが、IT活用により自分達の手で効率的な判断が下せるよう統計データなりビッグデータを活用しようという方針には賛成です。

実は自分も可能ならそういう方向でデータを活用したいと考え、通信制の大学のカリキュラムで統計学を選択、初歩を学んだ段階だったりします。(通信制の授業の難しさをまさに体験することになりこれはこれで別なエントリ書けそうな程です)

この学習にあたり、何冊か買い込んだ統計学の教科書、参考書の中でお気に入りの「推計学のすすめ―決定と計画の科学 」という1968年の書籍に書かれていることを再掲しておきたいと思います。

推計学の勉強を始めようとする立場には二つある。第一は、実際に推計学を方法を知って、実験や調査や管理を計画・実施・解析する、研究室の研究者や、工場の技術者や販売・経理の担当者の立場である。これを行動の立場と呼ぼう。

第二は、データを自らつくる必要はないが、そのデータから導かれた結論に責任を持たねばならない課長や部長の立場である。さらに、その結論を部課長から説明されて、それを正しく理解し、今後の行動を決定しなければならない経営者の立場である。

中略

このような立場の人にとっては、実際に演算の手順を知る必要はないが、しかし、統計学という権威を盲信したり、逆に経験論をふりまわして無理解ぶりを発揮しないために、少なくとも、母集団とか仮説検定とか、標準偏差という言葉が何を意味するかを知っている必要がある。この立場を判断の立場と呼ぶことにしよう。

データの集計と分析は違うという話しや、統計的に得られたところからどう予測・仮説を立てるにはまた別な才能が必要という話しもありますが、最終的にはITというツールを活用できる人材育成が大事だというところに帰結するのかもしれません。

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