結局日本国民の外的自己と内的自己の分裂は解消されないまま
ここ最近、仕事上の悩みから、自己嫌悪とはこういう解釈もできるのか…と新たな考え方を知りとっても凹んでいる私なのですが、その話をさせてもらう前に、岸田 秀氏のこの主張をまずは書いておかないとってことで今日は日本国民は精神分裂病的であるって話から始めます。
自分達が生まれた国について、あまり極端に否定をする、逆に信頼しすぎるのも問題だとは思うのですが、日本の転換期としてペリー来航と太平洋戦争での敗戦の2つをポイントとしていろいろな主張が展開されることは多いですが、岸田 秀氏の場合は著書「ものぐさ精神分析」でこんな風に持論を展開されています。
それなりのページ数あるものをかいつまんでご紹介しますので少し荒っぽいですが、ご容赦ください。
日本国民は精神分裂病的。しかし発病の状態にまで至ったのはごく短期間、たいていの期間は発病の手前の状態にとどまっているが、つねに分裂病的な内的葛藤状態にあり、決定的な解決をしていない…
日本国民のこの素質をつくったのは1853年のペリー来航で、鎖国していた徳川時代は個人で言えば、外的世界を知らないナルチシズムの時期。これは気に入った友達とだけ遊んでいればすむ幼児期の人間関係であって、気に入らない嫌な奴とも何とか妥協点を見出して付き合ってゆかねばならない大人の人間関係ではない。
無理やり開国、これについて司馬遼太郎は日本はアメリカに強姦されたと言っていたが、まさに日本は無理やり股を(港を)開かせられた。別な譬えを用いれば苦労しらずのぼっちゃんが、いやな他人たちと付き合わなければいけない状況に突然投げ込まれた。
それまでの状況とその状況の落差がひどすぎて、このペリー・ショックが日本を精神分裂病質にした病因的精神外傷であった。
かなりはしょってしまいますが、外的自己と内的自己の分裂の話から、ペリーショックによって巻き起こされた外的自己と内的自己への国民の分裂は、まず開国論と尊王攘夷論との対立になって現れたと続き、和魂洋才の話に続き、日本の植民地政策であったり、対米宣戦布告の話へと続いていきます。
そんでもって、太平洋戦争敗戦から、抑圧された日本人の内的自己は戦後においては経済成長に表現の道を見出し、この努力は、造船・鉄鋼・エレクトロニクス、そのほか数々の産業分野でついにGNPが自由世界でアメリカに次いで2位になったときに、株など一株ももったおらず、いくら企業が発展しても一文の得になるわけでもない者まで自分のことのように喜んだ……
ふ~~長くなってしまいました(苦笑)
そして、経済成長政策は、日米戦争ほどあからさまな大失敗では招かなかったものの、日本国民の自己同一性を回復する方策としては、やはり失敗だったと言わざる得ないと書かれており、これを癒すためには外的自己と内的自己の統一が必要であるというい趣旨のことが「日本近代を精神分析する」という章に書かれています。
日本のネットが残念…という発言についてはいろいろは反発が起きた訳ですけど、IT関係に関する話題においても、今回ご紹介したような外的自己と内的自己の分裂を感じるような議論のやりとりがされていたりするケースありますよね。
欧米型のやり方を尊重する人たちと、日本型を尊重する人たち、多分両者の言い分を統一することは無理だとしても、全面的反抗か全面的服従のいずれかに走るという事ではなく、拒否すべきは拒否し、従うべきは従う自主的、合理的な態度とはどういう形になるのだろうな?と自分自身の外的自己と内的自己の分裂を含めいろいろ考えが巡っていたりする今日この頃です。