有能な部下は有能な上司に必ず成れるか
会社におけるトップの中のトップにならない限り、誰でも「部下」と「上司」の二役を演じることになる。
新人のときは「部下」のみ。社長になってもグループ企業の1社におけるそれならば「部下」と「上司」の二役となる。
一般的には有能な「部下」だからこそ上司が認め処遇があがり、実績を重ねて経験量と技能が認められ、プロモーションを繰り返して「上司」の役割が増していく。
増せば増すほど、「上司」として自分は有能なんだろうか、という疑念というか、不安を常に戦っているような気がする。
総論として、とても有能な上司とはいえないな、と自戒の念にいつもかられているような気がする。
謙遜でも愚痴でもなく、有能な上司の定義は結構に難しい気がするのだ。
部下が有能かどうかは、職位にもよるが、実務スキルがしっかりしていて、コミュニケーションが周囲とうまくとれて、だから上司としても使いやすい、そしていろいろ任せられる存在で、上司としても鼻が高い、なんて感じで、意外と定義が容易である(と少なくとも私は思っている)。
一方で、有能な部下を抱える上司はイコール有能かというとそうとは限らないし、逆もしかり、有能な上司に仕える部下は有能かというとそうとも限らない。
「上司」役が多くなってくると、有能な部下に育ててあげたいとは思うものの、必ずしも自分のクローン(コピー)に仕立てることは部下にとってHAPPYとは限らないわけだし、むしろ嫌かも知れない(泣)。しかし上司として、部下を観察していて指導したいと思うことに関しては、経験談にはなるが8割以上は正解であり正論である。
もっとも当業界は正解や正論が複数存在することの多いビジネスなので、だから、必ずしもその上司が考える正解や正論へ導くことが、部下にとって将来の成長可能性ないし創造性や拡張性など、未来の選択肢を妨げることにならないだろうか、と時々不安になる。
来年に悔いを残さないように。
!頑張ろう。
「敵は少ないが味方はもっと少ない(爆)」が持論の私。
ま、気負わず焦らず、自分の矜持を大事に。
今日も一日、スタートダッシュしますか!!