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Windows Webマガ編集長の独り言。だからどうした?

ブログの光と影(続き)

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(続きのエントリが遅れました、申し訳ありません)

低コストでコンテンツを提供できるブログには、従来のマスメディアでは構造的に応えられなかった読者のニーズに応じられる歓迎すべき資質がある、と前回のエントリで述べた。反対に今回は、ブログのような低コスト制作可能メディアの負の側面について考えてみよう。

これもかつての編集長時代のお話。

いまから6、7年前のコンピュータ雑誌市場では、付録CD-ROMバトルが繰り広げられていた。雑誌本体の内容もさることながら、付録CD-ROMに何を収録できるかで販売部数が大きく左右されていた。当時の目玉CD-ROMコンテンツの1つがWindowsのService Packだった。現在のようなブロードバンド通信が一般的でなかった当時、サイズの大きなService Packは、雑誌の付録CD-ROMが最も手軽な入手方法だったからだ。

Windows NT4.0のService Packをタイムリーに収録することに成功し、発売当初の売れ行き(「初速」という)も好調で、上々の仕上がりを期待していた矢先、この号を購入したという読者からの電話が編集部に入った。聞けば、付録CD-ROMに対してウイルス・チェックを実行したところ「警告メッセージがゾロゾロと表示される」という。

もちろん、CDを製造工程に渡す前にウイルス・チェックは何重にも実行した。しかし私たちが発見できなかったウイルスが混入していたのかもしれない。血の気が失せた。

付録CDでウイルスをバラまいたとなれば、雑誌は全冊回収が必至である。数千万円に及ぶ製造コストはすべてパー。加えて回収コストもかかる。そして何より、「ウイルスをバラまいた雑誌」として、これまでコツコツと培ってきた読者の信用は完全に失われる。

ウイルスを検出したというウイルス・チャッカは、英語版の無償ソフトだという。さっそく編集部で入手し、CD-ROMを検査してみた。すると確かに、警告メッセージが続々と表示される。めまいを感じながらも、英文のメッセージをよく読むと、ウイルス発見の警告ではなく、「自分には理解できない形式の実行ファイル。ウイルスの可能性がある」という警告メッセージだった。

対象となっているファイルを見ると、いずれもAlphaプロセッサなど、非Intelプロセッサ向けの実行プログラムやDLLばかり。どうやらこのウイルス・チェッカは、実行プログラム・ファイルのヘッダを調べ、Intelプロセッサ以外のものに対して警告を発していたようだ。実際、最後までウイルス・チェッカを走らせてみると、「発見されたウイルスは『ゼロ』」と表示された。結論はウイルスではなかった(通報してくれた読者は、一刻も早く被害を食い止めようという好意で連絡してくれたもので、いまでも感謝している)。数千万円の損失と信用失墜の危機は回避された。

多くのコストをかけて制作されるコンテンツは、万一何かを起こせば、その制作費だけでなく、過去から現在にわたり莫大なお金をかけて少しずつ積み上げてきた、将来の利益の源泉となる信用を失う。メジャー・メディアのコンテンツは、そういうリスクの上に制作されているということだ。

従って必然的に、リスクを低減させるしくみの整備と、リスク低減作業の実行圧力が大きい。間違いを起こさないように、通常、コンテンツの内容は何重ものチェックを経てから世に出されることになる。

実名で公開されているブログでは、個人の信用が失われるリスクはあるが、直接的な金銭面のリスクは極めて小さい。お金と時間をかけて何重にもチェックするのではなく、個人の意見を手早く安価に世に送り出せることがブログ(および掲示板や個人Webサイト)の特長の1つなのだ。

しかしこの種の低コスト製造コンテンツが、読み手である読者の高い情報識別リテラシを前提とする点は見過ごしてはいけない。コンテンツの正当性や信憑性を判定する能力が、より読者に期待されるコンテンツだということだ。「毒も薬もなんでもござれ。なかから薬を選ぶのは読者次第」ということである。

高コストのメジャー・メディアにはウソがなく、安上がりのブログにはウソが多いといっている訳ではないのでお間違えなく。あくまでコンテンツの後ろ側にある構造の問題だ。少なくとも現在の多くのブログは、個人の善意と努力でかなり高いレベルにあると感じるし、場合によってはメジャー・メディアでは書けない真実が書かれているケースだって少なくない。

ブログおよび掲示板や個人Webサイトなどの低コスト・メディアによってメディアの可能性は大きく広がった。しかし一方でこれらは、よりいっそう読者の自己責任を求めるメディアであることを忘れないようにしたい。

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