「ぷ」の時代。
往年の98ユーザーなら記憶しているであろう、「バザールでござーる」。1990年代初頭からの、NECのパソコンの広告コピーでありCMのサウンドロゴである。
当時、雑誌「デザインの現場」のインタビュー記事で、CMプロデューサーの佐藤雅彦氏が、濁音を意識して作ったと語っていた。
わずか9文字の1行の中に、「ば」「ざ」「ご」の3つの音が含まれている。濁音率の高いコピーである。
当時の社会に、濁音がマッチしていることを、プロデューサーは見抜いていたのだ。
同じく当時の「デザインの現場」で、佐藤氏は、自身が手掛けた「モルツ(ビール)」のCMについても語っていた、と記憶している。
モルツ、モルツ、モルツ、モルツ...と商品名が繰り返される。連呼型という、繰り返すことで記憶に定着させる手法を使ったものである。そのCMは、ビールを愛飲しない人々や未成年者にも、明るく楽しい映像の印象とともに「モルツ」という音の記憶を残した。
そして昨年は、「ペンパイナッポーアッポーペン」である。
わずか14文字の1行の中に、「ペ」パ」「ポ」の5つの音が含まれている。撥音率の高いコピーである。さらに、「ペン」と「アッポー」が繰り返す。iPhoneのベンダー名やペン入力などにより、近年耳にすることの増えた音が、繰り返す。
それは、短い歌と、そのプロモーションビデオというよりも、「ペンパイナッポーアッポーペン」というCMソングを採用した、CMのように見える。
さりとてペリカンやアップルやドールの商品宣伝ではない。
いったい「何の」CMなのだろう?
通常、CMは、具体的なものを、まだ見ぬユーザーへと訴求する。具体的な「もの」とは、携帯端末であり、菓子であり、コーヒーであり、衣料品である。それらは、入手すれば、目に見え手に触れるものである。あるいは入手しなくても、実際に見なくても触れなくても、視聴した多くの人々が、その姿かたちを、おぼろげながらでも脳内に描くことのできるものである。
そして、居住地域、年代、性別、職業といった視聴者の属性が異なったとしても、描かれるイメージが、てんでばらばらということはない。
商品ではなく、企業のCMとなると、表現するものは企業イメージであって、具体性は低くなるが、それでも視聴者の中に描かれるイメージが、てんでばらばら、全く違う、ということはない。製薬会社のCMは、ある人には病院の、ある人には身近な病人を、ある人には健康診断の案内状を思い起こさせるかもしれないが、屋根瓦やデニムや深海探査艇を思い起こす人は(ゼロではないかもしれないが)多くないことは確かだろう。
では、「何の」CMなのだろう?
抽象的なもの。目に見えず手に触れないもの。束の間の平和。世界中のひとびとが、平穏な日常を希求するきもちで、ゆるくつながっている、あたたかい空気感のようなもの、のようにも思われる。ぼやぼやした、かたちを持たないものである。ひとことでいえば「平和」なのかもしれないが、その二文字の描かせるイメージは、紛争地域に暮らす人々、被災地で歩む人々、十二分な衣食住とありあまる退屈を抱えている人々では、大いに異なるだろう。人生の苦楽という、視聴者の属性が異なれば、描かれるイメージは、てんでばらばらのはずだ。
そうした、属性を絞り込めない対象に対して、具体性のないイメージを、訴求する。
しかも、英語圏ではない日本人が、律(metre)や韻(rhyme)の突き抜けた歌詞で。英語を母語とする大詩人たちでさえ、完全に意図して作るわけではない、完璧な韻律をまとった1行、自らの深淵より生まれいずる言葉、を、待ち続けさえするものを。
後天的な学習や努力だけで作れるものではない。一度聞いただけで、このプロデューサーの才能の凄まじさに圧倒されてしまった。
CMに限らず、あらゆる企画は、時代背景を読むことから始まる。
ぱぴぷぺぽも、Pも、その音はもちろん、視覚的にも、円環や「尖っていない」閉曲線を含み、コーヒーカップやドーナッツにも似て、まったりしている。
撥音、「P」を含む音は、2016年後半から、キテるのだろうか。
米大統領選の結果は、候補者名の音からいえば、戦う前に決まっていたのだろうか。もし、叩けど叩けど1ミクロンの埃も出ない、「ポッポ・パパンガパン」という名前の(そんな名前あるわけないけど!)候補が出馬して、先々で踊っていたとしたら?
戦(いくさ)よりも、和(なごみ)。
戦わなければ生き抜くことができない旧来のシステムに、疲弊しているひとびとがいる。
2017年は、撥音、「P」の音が、わずかながらでも具体性を帯びる、(私も含む)一市民が、あらゆる「地道な」生活者が、平穏な日常を尊び慈しむことのできる、そんな時代の幕開けになればいいな。
あけましておめでとうございます。
昨年はブログをほとんど書きませんでしたが、今年は、1本でも2本でも、書いていきたいとおもいます。
よろしくお願いいたします。