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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

ノー・キッチン

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その日の夜、半田家では、妻・富士子が、鏡のように光るキッチンの壁に向かっていた。
彼女が「夕食の準備をするわ」と一声発するや、いま一番お気に入りの料理のサイトが壁の上に表示される。
手首に巻いたセンサーから、家族の体調に関するデータは、1時間ごとに、そのサイトの管理者である株式会社調理代行サービスに送信されている。
「皆さまの今日の体調から言えば、このメニューがおすすめですよ」画面の向こうで、数種類の献立を示して、シェフがほほえんだ。

「あら、それ美味しそうね、でも肉をチェンジできないかしら。牛より鶏が食べたいって、家族が言ってるの」
「じゃあ、鶏のタジンでは、いかがでしょう」
「いいわ、それを作るわ」

その声で、壁には3Dのキッチンや食材が映し出される。
富士子は、実在しない包丁を手に取る。向こうには、シェフの姿が見える。その手つきを真似ながら、これまた実在しない野菜と肉を切り、スパイスを入れて、実在しないタジンの蓋を閉じる。
「これでオッケー、あとは煮込むだけ」
その声で、壁のキッチンは跡形もなく消え、富士子は3Dのネットショップに接続し、今度は、新作の服を試着して楽しんでいる。

1時間ほど経ったころ、玄関のチャイムが鳴った。配達人が来たようだ。

若い女性が、鍋を抱えて入ってきた。
「はいー、お客様がお作りになったタジンですぅ」
富士子はほほえむ「あら、ご苦労さま」

配達人は、玄関の靴に目をとめて、ひとこと。
「あ、これこの春の新作ですよね、このグリーン、お似合いになりますよね。私もほしくて、私はベージュにしようかと思ってるんです」
富士子は大喜び。
「そうなのよ、このブランドいいよね!」
10分ほど、女性二人の話が弾む。
家族以外の生身の人間と話す機会は、富士子にとっては、貴重な時間なのだ。
というよりも、これも同社のサービスである。

奥から、夫の定数(サダカズ)と、久美と湖美の姉妹が出てきて言う。
「ママ―、あまり長く喋ってないで、食べようよ」
「はいはい、テーブルはセットしてくれた?」
「もちろん!」

子供たちが言う「ママのお料理、サイコー、すんごいおいしー」
夫もうれしそうに言う「この肉うまいねー!だけど、ほんとに便利になったよな、タジンとかさ、鍋焼きとか、揚げ物とかさ、こういうサービスいいよね。どこかの誰やらみたいに、地震予知のPISCOのサイト見ては今日はタジン作っても鍋が飛んでこない火傷しないとか考えて料理しないしフツー(それ、筆者のことか)。でも、ここの会社は、どうしてんのかな」
「免震装置の付いたビルに大きな調理場があるそうよ」
「へぇ、いいね。でさ」

「なに?」

「相談なんだけどさー、これ以外の料理でも、もう、ウチにキッチンなんて、必要なくない?キッチン除ければ、オレの趣味のフィギュア置き場が確保できるんだけどなー。フィギュアだけはリアルがいいんだなー」
「そうね、キッチン、必要ないわね。水なら、サーバーがあるし。私の趣味が料理なら、あった方がいいけど、私もあなたも料理それほど得意でないし。明日でもリフォーム業者に連絡してみない?」

食べ終わってくつろいでいると、再び、玄関のチャイムが鳴った。
「食器洗いサービスの回収にしては早いわね、誰かしら」
「犬だろう」
犬の散歩を外注していたのだ。
ただし、屋外を連れ歩いていたわけではない。犬用のフィットネススタジオで、3Dの風景の中、ランナーを使って走るのだ。
「今日は、どこへ連れて行きました?」
ペット業者の担当者は答える。
「今日は、海岸風景にしました」
満足そうな夫・定数。
定数にじゃれついてうれしそうな犬は、サングラスにビーチサンダル姿。
「なんですかこれは」
「喜んじゃって、脱がそうとしても、阻止するので、そのままの格好でお連れしました」
犬、喋る。
「な、オレ、イケてない?」
「なんか凄い翻訳ですね」
「これ、当社のソフトウェア部門の自信作なんです」

犬をリビングに入れて、まったりする家族。
「しかし、ほんとうに、動かなくてもよくなったねえ、運動しないとやばいよね」
「そうね、じゃあ、4人と1匹で、Kinectで、身体を使ったゲームをやりましょうよ」
「それがいい、そうしよう」
「オレは、もうやだよ、疲れた、寝る(犬)」

ひとしきり楽しんで富士子が言う。「この人数でゲームすると、キッチンのテーブルもジャマに感じちゃうよね。これも除けちゃおうか。明日業者に連絡しなくっちゃ」
「そうだな、それがいいな」

...そうだな、って、をいをい。どうやって料理並べるつもりなんだか、この家族。仮想のテーブルに食器は置けないだろうに。

この記事はフィクションです。って、書くまでもないけれど。

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