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菅総理に欠けていたリーダーに必要な5つの行動サイクル

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菅義偉総理が自民党総裁選出馬を断念され、事実上の退陣表明をされました。菅総理はワクチン確保や高齢者の国民年金負担増大など様々な功績があったと惜しむ声があります。一方で、批判としては「自分の言葉を持たない」とか「語らない」という指摘がされています。官房長官時代の記者会見では守りが堅いともてはやされていたのに、総理という立場で必要だった ビジョンを伝える言葉が出なかったと批判されているわけです。

私は、リーダーに必要な5つの行動様式サイクルが欠けていたからと考えます。

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1. モニタリング (観察および偵察)

菅総理は就任当初はパンケーキや夜の会食がもてはやされ、人の話を幅広く聞くと高評価されていました。確かに、食事に呼べばいろんな人と会えるので関係づくりや情報収集には効率的でしょう。しかし、会食ミーティングは込み入ったことや耳に痛い情報を得るのには向きません。

また、官僚によるレクチャーで十分情報を収集することも可能でしょうが、菅総理退陣表明後に表面化したニュースを見るにどうも、菅総理は情報の消化力に問題があり、そのために理解や判断も非常に単純化されたものになったのではないかと危惧されます。

もし、菅総理が自分で、新型コロナに関して 都内の最新感染動向 ダッシュボードを日々見て、それぞれのグラフの相関を眺めたり、ドリルダウンして情報を深堀りするような人だったら、アルファ株やデルタ株の影響が非常に大きいことをもっと早く理解できたことでしょう。
FireShot Capture 098 - 都内の最新感染動向 _ モニタリング項目 - 東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイト - stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp.png

チャートを見比べれば、自然となぜこうなるのか、という思考が生まれ、インサイトに繋がります。そしてビジョンを自分の言葉にして語ればそのビジョンの妥当性も周りで判断がつくからです。

2. 思考

菅総理が思考しなかったとは思いません。しかし、自分でモニタリングして監視と観察して得た解像度が高い情報を得ずに思考していたようなので、できる思考は限界があったことでしょう。

地方創生でふるさと納税制度を作ったというのが、菅総理の大きな成功体験だったようです。ご自身が会われる秋田の自治体の方、地元の産品を売る事業者から感謝の言葉を聞き、その利点について思考して成功と判断されたことでしょう。しかし、年末調整をやるような金持ちだけが得するとか、世田谷区や横浜市などの都会の自治体は財源流出に悩むという声はあまり届いてないようです。

幅広い情報を得て思考することができるかどうか、また、一度決めたことを疑って方向転換できるかが重要でしょう。

3. インサイト

モニタリングして得たデータを元に、思考した結果として持てる知見が、インサイト(洞察)やインテリジェンス(深い知恵や知性)です。ITの世界では、ダッシュボードを作るツールがBusiness Inteligence (BI)ツールなどと呼ばれてインテリジェンスの意義が薄まっている感じがしますが、本来のインテリジェンスはモニタリングのダッシュボードやドリルダウンして見られる情報を元に考えた結果として得られる知見や見識を意味します。

新型コロナ対策や五輪関連での菅総理の春頃のインサイトは報道によると、以下の3つだったようです。

  1. ワクチンこそがゲームチェンジャーである
  2. 諸外国でロックダウンを行ったがうまくいかなかった国も多い
  3. 8月にはワクチン接種が効いて収束する

日経新聞 9月3日 「8月に収束すると思っていた」首相、見誤った解散判断

解散戦略の狂いは、デルタ型の猛威だ。8月下旬。「本当は8月に収束すると思っていた」。首相は周辺にこう漏らした。

朝日新聞 8月22日 菅首相、周囲の危機感に「なんで?」 専門家の「乱」

田村憲久厚生労働相はこのころ、首相にこんな危機感を伝えた。「嫌なことを言いますが、4月下旬にまた宣言を出すことになりますよ」。しかし、首相は「なんで?」と疑義を口にしたという。

ワクチン接種こそが画期的に効くのは確かですが、ワクチン接種率が上がって英国や米国で収束に向かった当初は武漢で最初に広がった株だっ時の話です。アルファ株やデルタ株とかが広がった状況とは違うというインサイトを菅総理が持てなかったようなのは残念です。

菅総理はこの春から夏にかけての判断の間違いの前にも、海外との往来再拡大という間違いを犯しています。

毎日新聞 2021/1/14 外国人入国こだわった菅首相、一転「停止」 二階氏の影と「水浸し」批判

菅義偉首相は当初、対象国・地域で新型コロナウイルスの変異株の感染が確認されない限りは受け入れを続ける方針を示していた。ビジネス往来にこだわり続けながら、一転して一時停止に転換した首相。判断が遅れたわけは――。【青木純】
変異株で外国人新規入国停止しながら続けたビジネス往来

海外とのビジネス往来を認めてほしいという声は菅総理に近い財界関係者の声として聞き、そこにこだわったと考えられます。しかし、モニタリングして海外から変異株の脅威のリスク判断が適切にされていれば、アルファ株やデルタ株の侵入を遅らせることができたはずでしょう。

英国やインドで広がった、変異株のリスク判断が適切にできなかったのは、モニタリングや思考の問題ではなく、インサイトやインテリジェンスの素養の問題だったかもしれません。多面的な情報から適切な判断をくだすというのは、トップに経つような政治家が身につけてないはずがないという先入観があったのですが、今にして思うと菅首相は思考力とインサイト・インテリジェンスが不足していたと言わざるを得ません。

4. ヴィジョン・展望

ヴィジョンや展望は日々の私達の生活の中でも欠かせません。論理思考の身近な例で「空雨傘」という言い方があります。空を観察して黒い雲が出ているとか風が強いとか感じたら、雨が降るだろうというビジョンを持つとかして出かける時に、折りたたみ傘をかばんに入れるとか行動を変えるわけです。

菅首相の場合は、高齢者対してワクチンが7月末までに行き渡ったら、新型コロナの感染が収束するだというというビジョンを持っていたわけですが、それは間違ったものでした。

ビジョンや展望が間違っているとそれは大きな失敗に繋がります。

7月に西村経済再生担当大臣主導で飲食店での酒類提供抑制をしようとして失敗しました。これも、閣内でワクチン接種が進めば感染拡大が8月に収束という間違ったビジョンを持った菅総理と、その間違いを正せなかった西村大臣の失策だといえます。飲食店での酒類提供に関わる人が同情を買ったことで、深夜の中高年の飲み歩きは高止まりしました。また、事務所への出勤を減らして仕事をリモートに変えるという働きかけも空振りし、結果として8月の病床逼迫と入院がなかなかできない状況に繋がりました。

5. 言葉による導き

ビジョンの間違いは大きな問題ですが、そのビジョンを言葉で語り周囲や国民を導く力に欠けたのは菅総理の致命的な問題になりました。

「安心安全のオリンピック・パラリンピック」という言葉を菅総理は繰り返しましたがその自分の楽観的な希望なのか、公約だから続けていっているのか、言葉は国民の心に響かず意味をなしませんでした。退陣表明後の報道で、やっと、「菅総理は高齢者へのワクチン接種達成で8月には収束するから、オリンピック・パラリンピックの開催を安心しており安全にできると考えていた」という裏側が見えました。

これも、自分の言葉で導こうと語りかけていれば、「いやいやそれは間違っている」と周りがその浅い考えと施策の問題をただせたことでしょう。オリンピック・パラリンピック開催はバブル方式で安全に実際できましたが、日本国内での感染拡大はとまらず無観客開催となりました。これも菅総理が自分の言葉で自分のインサイトを言語化して、その問題を広く知らせなかったために起きた問題です。

日本の政治家が官僚と支持者の対応を的確に行えば、菅義偉氏のようなインサイトに欠ける人でも出世できてしまったというのは、非常に残念ですが、日本の企業や官僚機構など日本の組織全般に共通する問題かもしれません。まだまだ私達は情報収集して思考し判断して言語化するというサイクルが身に付いてない環境にいるといえそうです。

菅総理のモニタリングに欠け、思考の材料が足りないから、インサイトが浅く、ビジョンが間違っていたことに気づけたのは菅総理が早めに退陣表明したおかげというか、不幸中の幸いなことでしょう。これを奇貨として日本が変わる契機になることを願っています。

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