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ワクチンの傾斜配分に学ぶ、在庫の罪と公平性の呪縛

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ワクチン接種が進んでいる都道府県に多くワクチンを割り当てる傾斜配分に元新潟県知事の米山隆一氏が異を唱えています。

接種率が高い県に優先してワクチンを配布するという言語道断の方針です。無論接種は早く進めるに越したことはありませんが、早い遅いは医師数や地理的状況などの事情もあり一概に県の責任ではないですし、何よりこれが「感染制御に最適の方法」である合理的理由がありません。

恐らく政府は「競い合う事で結果として早く接種できる」というのでしょうが、感染非拡大地域で早く接種するより多少時間を要しても感染拡大地域で接種を進める方が感染制御には効果的でしょう。要するに政府にとっては、「早く接種する」という見栄えの方が本当に感染を抑える事より重要だという事です

そしてそれは、自らの「政策的見栄え」の為に、感染拡大地域を始め本来優先して接種されるべき地域・人を後回しにしてその命を危険にさらす事で、接種を担う県・自治体を恫喝しても平気だという事です。余りの強権体質に心底慄然とし、本当にもう十分だと思います。

米山氏が反対しているのは産経新聞の報道の主にこの箇所についてです

河野太郎ワクチン担当相は1日の記者会見で、米製薬大手ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンの追加配送について、高齢者接種率の高い和歌山、山口、鳥取、佐賀、高知の上位5県に傾斜配分する

河野氏は「貴重なワクチンなので、在庫を積み増しても意味がない。今後はもう少しシビアに接種実績を見ながら、ワクチンを出していかなければならない」

米山氏と河野大臣の主張を整理してみましょう。

  • 感染制御に効く理想
    • 米山氏: 感染非拡大地域で早く接種するより多少時間を要しても感染拡大地域で接種を進める方が感染制御には効果的
    • 河野大臣:貴重なワクチンを在庫にせず早く接種を進めるのが効果的
  • 日本で早く接種を進んでいる、和歌山などにワクチンを傾斜配分することに対して
    • 米山氏:日本政府の見栄えのためにやっていて効果がない
    • 河野大臣:傾斜配分することで、接種が早く進むので感染拡大を止めるのに有効
  • 在庫についての考え。
    • 米山氏:在庫は問題ない。早く接種できない感染拡大地域にワクチンの在庫をまず積もう。
    • 河野大臣:貴重なワクチンを在庫にしておくのはもったいない。接種が進んでいる地域に、ワクチンを傾斜配分して早く多く接種を進めることが大事

山本一郎さんもご指摘の通り、米山氏の主張には問題があります。

ただ、もうちょっとシンプルに、打てるところからワクチンを打つべきという説明は可能に思いました。

対新型コロナの戦いはPCR検査の多さではなくワクチン接種の多さで勝ち負けが決まる

そもそも、米山氏ら日本の左派が誤解しているところがあります。ワクチンに頼らないとか、PCR検査が大事だとか、必要なところにワクチンを打てとかいいますが、それらは間違いです。

近代の戦争は、レーダー探知たるPCR検査の数で勝敗は決まりません。実際に敵を攻撃して無力化できる、大砲の弾をいっぱい打ったほうが勝つのです。電撃戦とか、機動部隊を重視する考えもありますが、第二次世界大戦のヨーロッパの戦線では結局のところ火力が大きいほうが勝ちました。

中国のようにPCR検査で敵の気配があったら徹底的に検査して隔離するという焦土作戦のような戦略の一部で検査を使うのは理論的にはありです。しかし、誤解していけないのは、PCR検査で押さえるのではなく、PCR検査を使い、徹底的に都市封鎖や隔離をして封じ込めるわけです。旧ソ連ががドイツに勝ったような戦い方でこれはこれで勝てばいいともいえますが、「検査して封じ込めた」というのは誤解です。実際は、レーダーで探知して敵がいそうと分かったら徹底的に周囲を焦土化して、無力化するという、豪快な作戦なのです。検査だけやって封じ込めようという作戦は英国でボリス・ジョンソン政権がやりましたがそこは大失敗となり、最終的に大規模なワクチン接種が沈静化に役立ちました。

在庫は備蓄としての価値はあるが、希少な材を在庫するコストは高い
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製造業や流通業で無駄な在庫は、悪であり価値を生まないと教え込まれます。一方で、欠品という事態が怖いので安全在庫を持ちたいのもわかります。狭い住まいに暮らしているので、在庫のスペースは希少ですが、備蓄としてとしてトイレットペーパーや、非常食にもなるグラノーラやオートミールとかを一ヶ月分は手元在庫で持ちたいというポリシーはあります。しかし、新型コロナのワクチンのような希少な材は在庫にせずに一刻も早くどんどん、日本国民に接種を進めるべき存在です。

食品でいうと、業務用冷蔵庫に保管された本マグロは、保管性が高い在庫なんですが、高いので寝かしておかず早く、売って現金化する方が得です。これが、高級メロンとかマンゴーとか保存がそれほど効かないものになると、倉庫から動かないことは死活問題です。新型コロナで飲食店の営業が厳しくなって、高級食材の在庫滞留が問題となった昨今に在庫の問題を理解していない政治家というのは浮世離れしていると断罪せざるを得ません。米山元県知事に分かるように言うと、新潟コシヒカリの高級品でも倉庫に何年も溜まったら価値を生むどころが保管費がかかるだけの存在に成りかねないわけです。

ファイザーやモデルナのmRNAワクチンは厳密な温度管理という気を使う存在でもあります。希少なワクチンのロスを減らすためにも在庫を減らしてどんどん接種していくことは大事です。mRNAワクチンは冷凍マグロよりも管理が大変かつ保管期限も短く、そして、後述するように一刻も早く摂取して使うべき存在です。

ワクチン接種率向上は、見栄えでなく防疫上のクリティカルな指標

というのも、mRNAワクチンは重症化を防ぐだけでなく、感染を防ぐという効果があることが分かっています。国民の4割に接種が進むと実行再生産数が落ちて感染拡大が止まるという研究もあります。優先度が高い人でないからと躊躇せずにどんどん摂取して日本の接種率を上げることが重要なわけです。米山氏は、政府の見栄えだと このワクチン接種率を卑小化していますが、実際は防疫上に重要な問題なわけです。

ワクチン接種先進県が提示できる、日本のコロナ後の社会

米山隆一氏には見えないようですが、ワクチン接種先進県が生まれることは大いに意義があります。実行再生産数が1を下回り、感染が拡大せずに「ぼや」として消える状況となれば、今は危険とされる飲酒会食や、宴会だって安心して実行が可能になります。オリンピック選手村での酒類持ち込み可を問題視する、野党がありますが、五輪で来日する選手の多くはワクチン接種済みで免疫も効果が出ている人が多いと予想が可能です。中国のワクチンが本当に効いているのかとか懸念はありますが、今の日本の状況とはかなり違う環境がワクチン接種で可能になることは確かでしょう。

ニューヨークやドイツで飲食店の営業が再開して、屋内のレストランでビールが飲めるように一年以上ぶりに戻ったとかニュースになっていますが、ほんの2ヶ月後ぐらいの、和歌山県や佐賀県が今のドイツやニューヨークのようになって、おおっぴらに会食ができる可能性があるかもしれません。

公平性の呪縛から脱出するチャンス

日本はすぐに、不公平だとか責められる、不寛容な社会です。しかし、住んでいる地域とか、職域接種で勤務先によってとか何らかの偶然により、環境に恵まれたことから人より優遇される事態が、日本でも起きようとしています。これをよくないとする意見も多いでしょうが、今やロジスティックスが足かせになろうとしているので、打てる人から早く接種するのが社会的に正しい行動になっています。

そもそも、高齢者向けワクチン接種で、電話がつながらないだの、ネットが落ちるだの騒ぎになったのは、公平性を優先してランダムに割り当てたりすることを避けたためでした。公平を最優先することが必ずしもみんなを幸せにしないと、日本は学ぶべきときでしょう。そして、公平の呪縛から解かれ、在庫の問題を理解し、ロジスティックスとその背後にある軍事研究をタブー視しない社会へと成長した時には日本は世界の標準に近づける、そんな日が来ることを願っています。

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