IT業界の変化
再開宣言で触れたので、少しまとめておきます。
これまでもこちらのブログに書いてきた事柄ですが、IT業界はずいぶん様変わりしました。
コンピューターが世に知られるようになった1940年~1950年代は、軍事予算でコンピューターは開発されていました。Mark I などは米海軍が開発していましたし、アポロ計画を支えたのもIBMのコンピューターです。宇宙開発とコンピューター開発は肩を並べるような価値観だったわけです。
私がIBMに入社したのは1987年。もう26年も前のことになります。
その当時はメインフレーム全盛時代。仕事はもちろんメインフレームの仕事でした。
いまどきの若者には理解しがたいかもしれませんが、その当時の大型のメインフレームの導入事業といえば、航空機を買うような予算感でした。数百億なんて金額が飛び交っていたわけです。
ひとつの大きな変化をもたらしたのは「パソコン」の登場と普及です。いわゆる「ダウンサイジング」の時代。とくにサーバー。メインフレームが得意としていたスター接続型のメインフレーム中央集権は、UNIX系サーバーやPCサーバーとピア・トゥ・ピア型ネットワークの登場により相対的な地位が大きく引き下げられました。信頼性、安定性などで抜きに出てはいたものの、銀行オンラインやアポロ計画と同じレベルの信頼性を要求するような業務はほとんどIT化が終わっており、情報系のシステムへ投資が移動した時代です。このころ、ITサーバーは一気に「一般化」が進み、「部門サーバー」なるものが大量に購入された時代でした。予算感はバスとか自家用車くらいまで下がりました。もちろん、世間の投資はそちらへ移動しました。
ベンダーも一気に増えました。メインフレームは製造そのものが大変だったわけですが、PCサーバーはずっと手軽に製造できます。これは、現代のガソリン自動車から電気自動車への変革でも実際に起きていること、と聞きます。
また、このとき必要になったIT人材が「システム・インテグレーター」です。大型のメインフレーム、UNIXサーバー、PCサーバー、端末機などを統合しなくてはならなかったので、そのスキルを持つ人材が大量に必要になったわけですね。
その後、中央集権はまもなく回復します。それは e-business 時代の到来です。分散サーバーとクライアント・サーバー型の「社内システム」としてインテグレーションされてきた時代がそろそろ終わり、インターネットの登場により「Webサーバー」が大量に必要になりました。このトレンドはWeb2.0時代までなんとか続きました。このころの予算感は、数億~数十億くらいのものが多くなりましたので、オフィスビルを建てるくらいの予算感に戻った感じです。
この中央集権の崩壊を再度招いたのが「クラウド・コンピューティング」です。クラウド・コンピューティングは主にパブリック・クラウドから発展しました。SalesForce、Google、Amazon、といったデータセンターの機能を切り売り方式でネット販売する「自動販売機型」モデルです。
私は著書「クラウドを実現する技術」のときから、クラウドを「自動販売機」と説明しています。Web時代に「セルフサービス」によってさまざまなビジネス・コストが大幅に削減されたのと同様、クラウドでは、セルフサービスによってITコストが大幅に削減さました。セルフサービスだけでなく、普及期に入ったハイパーバイザーを活用したリソースの時分割共有なども大きく貢献しています。このころから、インターネットサーバーは「1時間10円」などというお小遣いレベルまで単価が下がります。
クラウドが削減しているIT予算、とくに「セルフサービス」で削減されているものは何なのか、理解している人があまりに少ないことに今でも驚かされます。
クラウドの「セルフサービス」が削減しているコストは、ほとんどの場合、人件費です。見積もり、監査、提案、契約、マシンの梱包、出荷、運送、搬入、開梱、組み立て、配線、検査、OSやミドルウェアのインストーラーの準備、OSインストール、ミドルウェア・インストール、環境ごとのドキュメンテーション(報告書)、ソフトウェアのサポートデスク、などがごっそりなくなります。自動化されているので個別に実施する必要がない、そして早い。
全体を俯瞰してみますと、以下のような流れです。
- 軍事開発時代(計算マシーン、宇宙開発と同等単位予算)
- メインフレーム時代(中央集権:航空機と同等単位予算)
- ダウンサイジング時代(分散小型化:バスか自家用車と同等単位予算)
- e-business、Web時代(中央集権の復活:オフィスビル建築と同等単位予算)
- クラウド時代(自動販売機:お小遣い、文房具と同等単位予算)
IT、とくにサーバーリソースのコストはクラウドによって自動化され、極端に価格単位が小さくなり短時間で入手できるようになり、ITを価格破壊させたのです。
だからこそ、クラウドの周辺で、ここに挙げたような作業はできるかぎり(可能なら一切)行うべきではありません。ということは・・・・旧来、こういうことをされていた方は職を失います。ゼロにはなりませんが、席の奪い合いです。
また、単価の極小化も目立ちます。クラウドではITリソースが「1時間10円」という課金体系で利用できる場合でも、サービス(プロフェッショナルの作 業)を「1時間数十円」というような形で頼むことは、現代のIT社会では不可能でしょう。1時間10円のサーバーインスタンスは1ヶ月7,000円です。これの作業を頼むと、作業代が200万円、というのはあまりにアンバランスで す。
このように考えると、IT業界において、クラウドの次に改革を迫られているのは人ではないかと思います。いかに価格破壊につきあい、クラウド的に人材を供給するのか。
別の側面で「モバイル・デバイス」の台頭があります。過去にも、Windowsが流行した年、Palmが流行した年、などありました。同様の流行がまた今来ていることは皆さんもご存知のとおりで、iPhone、Android、といったたスマフォやタブレットの時代です。
以前の流行は、どちらかといえばビジネス層やマニア層を中心としていました。女子学生や主婦がPalm持ってたなんてあまり聞きません。しかし、いまのiPhone、Androidはほんとに誰でも持っています。この一般化がとても大きな市場を作りました。そして、あれらはもはや電話ではなく、コンピューターであり、ネットワーク端末です。
こうして、(搬入するタイプの)サーバーコンピューティングとシステム・インテグレーションに注目が集まる時代は過ぎ去り、現在は、クラウドとモバイル、という時代にあるわけですね。そして、単価はどちらも小さく、国家予算、企業予算というレベルよりずっと小さな予算単位と速度でITが提供されるのがあたりまえの時代にあります。
このいずれもが、ITのコモディティ化を示していると考えられます。よく、SF映画で「空飛ぶ自動車」が出てきますが、あれは「航空機のコモディティ化」を示しています。しかし実現されていませんね。それに比べて、ITは一般家庭に深く入り込み、自宅に一体何個のプロセッサーが動作しているのか数えられないほどコンピューターはコモディティ化しました。さらに、インターネットとクラウドによってサーバーコンピューティングまでが一般の人に利用可能な環境までつくられているわけです。この強烈なコモディティ化が、ITへの相対的な対価を押し下げているのでしょう。
サーバー搬入ビジネスの時代が盛り返すことがあるかどうかは、サーバーベンダーの努力次第といったところでしょうか。その動きについてはまた別の機会に。