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もしも洞察力があったなら……。

「はやぶさ」は根性で飛んだ

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先日、見事イトカワから粒子カプセルを持ち帰ってその役目を終えた、はやぶさ号のプロジェクトマネージャー、川口淳一郎博士のお話を伺う機会に恵まれました。

小惑星から地球の歴史を研究するための試料を持ち帰る構想は25年前にスタートしました。しかし、従来の燃料型のロケットエンジンは大きく重く、宇宙探査をするのには物理的な制約があって不可能とされてきました。今回大活躍したイオンエンジンが完成するまでにはプロジェクト構想から18年の歳月をまたなければなりませんでした。はやぶさは、ロケット、イオンの両方のエンジンの双方を積みながら、総重量はたったの515キロ。一般的な自動車の半分以下の重量です。もちろん探査機ですから、エンジン以外にも、X線分光器、レーザー高度器、カメラ、太陽電池などを積んでいます。

イトカワ--わずか540メートルX300メートルという小さな天体に着陸し、試料を採取し、また戻ってくる。この途方もない旅路には、最新技術のイオンエンジン航行、自律ロボット稼働、ほぼ無重力下での試料採取、カプセルでの資料回収、引力利用の速度調整という5つの世界初の挑戦があったそうです。

もともと地球が球形なのは、溶けた岩石という液体が無重力下で丸くなったからとされています。液体が冷えていく過程で地球自身の重力(質量)の影響で、重い物質は中心部に、軽い物質は表層部に対流していきます。今私たちが生活をしている地球表層部と言うのは、地球を構成する岩石物質の中でも軽いものばかりで構成されているそうです。(このあたりは今や一般的なプレートテクトニクスの考え方でも学びましたね)

つまり、百科事典などで地球の内部の構造を私たちは知っているつもりになっていますが、実は誰も行ったことがないので、研究すべき試料というものが存在しません。そこで登場するのが、小惑星のイトカワです。イトカワは小さく軽いため、地球内部と同じの成分すら表層から採取ができると考えられるようになったのです。これが、はやぶさを研究することによって地球の起源を知ろうとするプロジェクトなのです。

はやぶさは、打ち上げから1年後の2004年5月に地球の軌道を離れ、翌年9月にイトカワへ着陸しました。しかし、この着陸には、3回の練習と2回の本番挑戦を含め、計5回試みられました。

地球から約3億キロ離れたはやぶさにリモートで指令を出したとしても、電波の往復には2000秒もかかってしまうそうです。エンジンに逆噴射を命じても、指令が届くころには他の危機が訪れているかもしれません。つまり、リモコン操作では試料採取は成功しないのです。

東京のテレコムセンターにある科学未来館で授業を受けたときにも、京大の北原先生が言っていました。宇宙開発とは、天文学ではなく、ロボット工学なのだと。

はやぶさは、自律行動機能を備えたロボットだそうです。自分で高度を測り、姿勢を一定に保ち、速度の精度管理まですべて行う。自らターゲットマーカーを投下し、アリの歩く速度で降下をしていく。そして着地する。まさに最先端のテクノロジーなのです。

はやぶさを襲ったピンチは壮絶なものでした。
イトカワへの着陸を終え上昇した際に、燃料がすべて漏れてしまったそうです。もうロケットエンジンは使えません。大きくて重いが、推進力の要であるエンジンを失ったのです。もはや頼るべきはイオンエンジンだけ。ロケットエンジンならば十数秒で終えることができたプロセスを二百数十時間かけて軌道修正を繰り返すことになりました。そして、燃料が漏れ、いったんは凍結したものが太陽にあたって溶け、ガスとなって噴出したそうです。その影響でバッテリーが一切使えなくなり、通信が途絶えたのです。はやぶさは、消息不明になりました。

JAXAのメンバーは3億キロ離れたはやぶさの救出作戦を展開し始めました。実際には、周囲の人たちはあきらめようとしていました。しかし、このプロジェクトの中枢メンバーたちは救出のチャンスがあると信じていたのです。はやぶさは、イトカワとともに太陽の周りを公転しています。回転が進むといつかはやぶさに搭載している太陽電池に光が当たるはずです。そうすれば電力が回復するかもしれない、と考えたのです。電力が回復すれば地球からの電波が届き、指令を出すことができます。毎日6時間をひたすらはやぶさに信号を送り続けるという、必死だが極めて地味な作業に没頭したそうです。

しばらくの間、何も起きませんでした。このような期間は、プロジェクトメンバーの士気が徐々に下がっていきます。士気が下がれば、メンバーは離れ、プロジェクトの部屋はとじられてしまいます。予算が金輪際つく可能性だって低くなるでしょう。だから、何とか士気を維持したいメンバーは早朝に指令室に出ると、必ず、欠かさずポットにお湯を沸かせ続けたそうです。そして、熱いお茶を飲む。その部屋全体がアクティブであることを演出、維持し続けたのです。

46日目、ようやく奇跡が起こりました。微かな電波が指令室に届いたのです。急いで電池パネルを太陽に向け、電力が切れないように指示を出し続けました。はやぶさの姿勢、つまり、太陽に向かってどちらを向いているのか分からなければ電池パネルの操作ができません。そこで、太陽がはやぶさの右に見えたら電波の送信を1分間止める指示をしたのです。そして2ヶ月後、ようやく太陽に電池パネルを向けることができました。

姿勢の維持制御には当初キセノンガスを出して行っていましたが、地球に帰ることを考えるとそれではいずれガスが枯渇してしまうため、太陽電池パネルに太陽光を当てることによって発生する微かな力を使うことにしたそうです。

最後の難関は、地球まであと一歩というところでイオンエンジンが動かなくなってしまったことです。二つ搭載したイオンエンジンのうち、片方の中和器ともう一つのイオンエンジンをバイパスして何とか動かすことができたそうです。これを行った際、その中和器が最後まで無事であるように、プロジェクトメンバーがそろって「中和神社」にお参りをしたそうです。科学と神頼みは無関係ではないのですね。川口氏は以前にも台東区の「飛不動」でもお参りをされたそうです。

はやぶさは、地球帰還時に、燃え尽きてしまいました。大気圏突入時に指令室は探査用カメラを起動し、地球を写して見せてあげたかったそうです。その最初で最後の一枚が、これです。

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