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お客様は神様です。サラリーマンにとっての神様は?

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お客様は神様です。サラリーマンにとっての神様は?

前のブログ「債権回収は楽ではない。晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる でなければ商売にならない」の続きです。

「お客様は神様です」と言いますが、この場合の神様という意味は一般的な意味での神様ではなく自分に収入・利益をもたらしてくれる人という意味ですよね。

つまり、神様かどうかの境目は、支払いをしてくれるかどうかの1点のみで、支払いをしてくれれば、勿論、神様ですが、支払いをしてくれなければ、神様ではなくなるわけです。サラリーマンにとっては会社が神様です。その会社が商品を売っているのであれば、その商品を買ってくれる人が、間接的に神様ですね。

株主が神様とも言えるでしょう。株主が神様と言えたとしても、株式投資にはネガティブな人もいるのは事実で、私の友人は上場会社の社員でいるにも関わらず、非常にネガディブに捉えていて、私が、「株式の仕組みがなかったら、おたくの会社は存在してないよ」といったら、その友人は変な顔をしていました。

テレビドラマ等で、会社の社長が、「最近の若いもんは、給料の支払いが少し遅れたくらいで、すぐやめて、全く恩義というものがわかっていない」的なセリフがありますが、給料の支払いがなされない時点で、もはや社員にとって会社はお客様ではないわけですので、どこかへ行ってしまっても会社は文句がいえないわけです。

「支払いをする」というそんな大原則がしばしば守られていないわけで、そうすると、経済全体に支障が出るわけです。山手線のどこかで、電車がストップしてしまえば、全体的にストップしてしまうのは当然です。

少し前に、「労働組合の存在は経営者を安心させる?」というタイトルで書かせていただきましたが、

「給料を上げろ!」と経営者に主張するという行為は、八百屋さんが、「どうして、うちの大根を100円じゃなくて、200円で買わないんだよ!」とお客さんに対して、ドツいているのと同じだと思います。きっとそんな八百屋さんでは誰も買い物をしないことでしょう。

こういう意識を持つことができれば、消費者目線を払しょくできるのではと思います。所得を得ている時点で、どんな立場の人間であっても、消費者でなくなる場面が必ず存在するわけで、そうすると、商売の大変さがきっとわかって、色々なことがうまく回り出すのではと思います。

日本という国は、どうもサラリーマンの数が多すぎるように思います。以前から思っていますが、各社員が個人事業主であるかのごとく、会社から仕事をいただいているという観点に立てるようになれば、より成熟した社会に発展するような気がしています。

そうすれば、社内での少々の理不尽さ?にも納得がいくかもしれません。なんせ、お客さんの言葉なんですから。

例えば、街のお店に行って、店員さんから見て、嫌なお客になってしまっていることってないでしょうか? 食堂やレストランに行って、ウェイトレスさんに横柄な態度を取ってしまうことってありませんか? 社内では、自分が店員であり、ウェイトレスさんなんですよね。意識の持ち方1つでずいぶんと変る気がします。

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