耳が聞こえなくなる不安の中から生まれた傑作
バーナード・ローズ監督「不滅の恋/ベートーヴェン」という映画があります。
ベートーヴェンの死後「自身の楽譜、財産全てを“不滅の恋人”に捧ぐ」と書かれた1通の遺書が発見されたました。その恋人とは誰だったのかということを辿って行くことで、ベートーヴェンの生涯を描きだしています。一種のミステリーのような要素を秘めいて、意外なラストが待っています
この映画の中で一番印象に残ったシーンがあります。
ベートーヴェン30歳のとき。14歳年下の弟子で、恋人でもあり伯爵令嬢でもあったジュリエッタに求婚します。
しかし、当時のベートーヴェンは「音楽家であるのに耳が聞こえないのではないか」と噂されていました。ジュリエッタの父親は、その噂を聞き「ベートーヴェンが演奏したら結婚を許そう」と条件を出すのです。
ジュリエッタは、「週末誰もいない時に最新式のピアノが届くので思う存分弾いてほしい」とベートーヴェンに言います。
ベートーヴェンは、ジュリエッタと父親がこっそりとのぞいているのも知らず、耳が聞こえないためピアノに耳を押し当てて演奏し始めます。
それが「月光ソナタ」の第一楽章です。
このシーンのベートーヴェンを演じたゲイリー・オールドマンが本当に素晴らしい。
ピアノと身体が一体となったかのように、純粋な魂からの音を紡ぎだしていました。
感動したジュリエッタはそっと部屋から出て、ベートーヴェンの肩に手を置きます。すると、誰もいないと思っていたベートーヴェンは「騙したな!」と激怒し、その後ジュリエッタには二度と会うことは無かったのだそうです。
「月光」が作曲された1801年頃、耳が聞こえなくなりつつあったベートーヴェンは、音楽家生命の危機に苦しんでいました。その1年後の1802年に有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書くことになります。
月光を書いたころは、まだほんの少しは聞こえていたようです。
その不安の中から生まれたからこそ、この月光の音楽は、苦悩と美しさが共存しているのです。
泉のように湧き出る潤いのあるハーモニーが生きていて、深く心が癒されます。
この月光ソナタの第一楽章、ホロヴィッツの演奏が最高です。
以前にご紹介したことがありますが、まだの方はぜひお聞きください。
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