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ライフワークとしての音楽を考えていきます

なぜ人の目を見て話せないのか

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最近、サービス業においても、アイコンタクトをとられない方が多いような気がしています。

例えば、レストランで食べ終わって帰るときなど、私は、出来るだけアイコンタクトをとるようにしています。特に「美味しかったです」、と言いながら目をみて「ごちそうさまでした」と言うことは、感謝の気持ちを表すために心がけています。

すると、結構なお値段のするお店でも、言葉は「有り難うございました!」とおっしゃっていても、目は全然こちらを見ていないということがよくあります。目を見ていないどころか、お疲れのような表情をされているのを見ると、「レストランも大変なのだろうなあ」と思う一方、私はたくさんいるお客さんのうちの一人だということはわかっているのですが、ちょっと寂しい気持ちになってしまいます。また、お客さんのほうも、目を見る方が少ないのでしょうか。アイコンタクトをとることを諦めてしまっているようにも見えます。

こうなると、せっかくの「有り難うございました」という言葉と心が一致していないように感じてしまうのです。

私は、山に入ることがよくあります。
すれ違う全く知らない人同士で「こんにちは」というのは、山ならではのならわしで清々しい気持ちがします。
しかし、これもまた、全くこちらをご覧にならず、下を向きながら「こんにちは・・・」と言われるのは、これもまた、少し寂しい気がします。

特に、修学旅行などの高校生たちが行列で歩いてきて、次から次へと「こんにちは!」とおっしゃってくださるのは、とても嬉しいのですが、これもアイコンタクトがほとんどありません。
違う場所で、再度すれ違ったとき、全く同じ方々が、また顔も見ずに全く初めてお会いしたように「こんにちは」と言われたときは、これもまた、もう少し顔を見てくれたら嬉しいなあ、とついつい思ってしまいました。

プレゼンや講演でも、なかなかアイコンタクトをとらない方が多いですね。
私は特に、質疑応答では、質問者の方に敬意を持ってアイコンタクトをとるように心がけています。

じつは、アイコンタクトをとることは、とても疲れます。
一対一でも、ビジネスの現場でアイコンタクトをしっかりとったあとなどは、顔は笑顔でも服の中は汗びっしょりになっています。

目は心の窓とも言います。

相手の気持ちがダイレクトに伝わってきますし、自分の気持ちも目によって繊細に伝わってしまいますので、逃げがないのです。
目によって心の深いところで無言の対話が起こっているのです。
ついつい楽をしたくなり、目をそらしたくなります。
特に、言いたくないことや、後ろめたいことなどがあれば、なおさらアイコンタクトをとるのは辛くなります。

アイコンタクトをとるということは、胆力と心のエネルギーが必要なのです。
だからこそ、アイコンタクトをとることで、人間としても力がついてくるのだと思います。

素晴らしい方というのは、大抵はアイコンタクトも魂がこもっています。

言葉だけではなく、ぜひ、アイコンタクトをとることを気にしてみてください。

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