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ライフワークとしての音楽を考えていきます

日本は良くも悪くも無理論 理論は孤独に陥る しかしこじゅうと根性だけでは生きられない

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今連載中の日本経済新聞「私の履歴書」は小澤征爾さんです。
2014年1月18日の記事「演奏拒否」は、あの「N響事件」を語った前半最大のクライマックスでした。小澤さんがNHK交響楽団とのリハーサルにいくと会場には誰もいない。N響団員に演奏会をボイコットされるのです。

以下引用します。

    ・・・・(以下引用)・・・・

「N響の幹部がしゃぶしゃぶ屋で話し合っているようだ。」細野さん(小澤さんをN響に起用したNHKのプロデューサー)からそう聞いて嫌な予感がした。
 11月定期演奏会が終わった夜、N響の演奏委員会が「今後小澤氏の指揮する演奏会、録音演奏には、一切協力しない」と表明する。それが新聞に報じられ、僕はマスコミに追われるようになった。世間の顰蹙を買い、電車に乗っていても変な目で見られた。
事態を収拾するため、細野さんに「病気になったことにして、12月の定期演奏会はキャンセルすればいい」と言われた。でも嘘をつくのもおかしな話だ。僕は今後の演奏を保証してもらうための覚書をNHKの会長宛に送ったが、受け入れられず、12月の定期は中止と伝えられた。だが演奏会当日、僕は弟のポンの車に乗って会場の東京文化会館へ向かった。楽屋口は記者で騒然としていたが、舞台にも客席いも人はいなかった。
 この騒動で、精神的にめちゃくちゃにやられた。泣いたし、悔しかった。年が明けた1月15日、僕を応援してくれる人たちが日比谷公会堂で「小沢征爾の音楽を聴く会」を開いた。発起人は今でも信じられない面々だ。浅利慶太さん、一柳慧さん、井上靖さん、大江健三郎さん、武満徹さん、團 伊玖磨さん、中島健蔵さん、三島由紀夫さんたち。音楽に関係のない人も大勢いた。演奏は日本フィルハーモニー交響楽団。ヨーロッパでお世話になった水野茂夫さんが作ったオケだ。苦境を支えてくれたこの人たちのことを僕は一生忘れない。

    ・・・・(以上引用)・・・・


この事件に関して、作家の三島由紀夫さんが、「熱狂にこたえる道―小沢征爾の音楽をきいて」という一文を発表しています。

     ・・・・(以下引用)・・・・

「日本には妙な悪習慣がある。『何を青二才が』という青年蔑視と、もう一つは『若さが最高無上の価値だ』というそのアンチテーゼ(反対命題)とである。私はそのどちらにも与しない。小澤征爾は何も若いから偉いのではなく、いい音楽家だから偉いのである。もちろん彼も成熟しなくてはならない。今度の事件で、彼は論理を武器に戦ったのだが、これはあくまで正しい戦いであっても、日本のよさもわるさも、無論理の特徴にあって、論理は孤独に陥るのが日本人の運命である
(中略)
「私は彼を放逐したNHK楽団員の一人一人の胸にも、純粋な音楽への夢と理想が巣食っているだろうことを信じる。人間は、こじゅうと根性だけでは生きられぬ。日本的しがらみの中でかつ生きつつ、西洋音楽へ夢を寄せてきた人々の、その夢が多少まちがっていても、小澤氏もまた、彼らの夢に雅量を持ち、この音楽という世界共通の言語にたずさわりながら、人の心という最も通じにくいものにも精通する、真の達人となる日を、私は祈っている

    ・・・・(以上引用)・・・・

当時の小澤さんの指揮のスタイルは、アメリカナイズされたトップダウンで、音楽重視であったので、反感を買ったと言われています。しかし、小澤さんのリハーサルは、世界レベルの指揮者の中では、とても団員さんの音楽性や人間性を重んじるほうだと思えます。
ただ、2011年末に出版された、村上春樹さんとの対談集「小澤征爾さんと、音楽について話をする」の中で、団員の意見を聞きすぎるレナード・バーンスタインについては一家言語っておられました。

「(バーンスタインは)オーケストラに対しても同じような姿勢でやるものだから、仕込むってことがなかなかできません。ひとつ仕込むのに、いちいち手間がかかる。またそういう平等主義みたいなのを通していくと、指揮者が楽団員に対して怒るんじゃなくて、楽団員が指揮者に対して怒って、くってかかるような事態も出てきます。僕はそういうのを何度か目にしてきたことがある。冗談半分とかそういうのではなく、真剣に正面から口答えする。普通のオーケストラではまずありえないことです。(村上春樹さんとの対談集『小澤征爾さんと、音楽について話をする』より)」

★参照記事:永井千佳の音楽ブログ「私を先生と呼ばないでください」


この有名な事件は、何度読んでも残念に感じます。
N響も小澤さんの力量を買い、小澤さんの指揮のもと一緒に音楽をしていたら、日本のオーケストラも、もっと違っていたのではないかと想像します。

ただ、N響側にも言い分があり、「遅刻や勉強不足という、若い小澤の甘えと、それをおおらかにみようとしない楽団員、若い指揮者を育てようとしなかった事務局の不幸な相乗作用だった。(原田 三朗著『オーケストラの人びと 』より引用)」とあり、それぞれの真実があったのだと思います。

数年前、N響公演が実現した記者会見で、小澤さんのほうから「簡単に言えば、当時は僕も生意気だったんだ」と発言されておられて、ある種の爽やかさを感じました。
この挫折が、三島由紀夫さんの言うとおり、音楽的にも精神的にも「真の達人」巨匠となった「世界のオザワ」をつくりあげたのは事実だと思います。

挫折、裏切り。嫉妬。無理論。
しかし、どちらにも、それぞれの真実がある。


ただ、その試練を与えられたとき、どうして自分だけがこの試練を与えられたのか。起こることにどういう意味があるのか。
深く見つめることができたとき、大きな成長が約束されていると感じました。

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