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ライフワークとしての音楽を考えていきます

ひきこもるような時代を過ごしラジオと合唱に助けられた

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私は音大出身です。

音大でプロフェッショナルとしての技術を身につけたとして、卒業してすぐにフリーでやっていこうとしても、仕事はなかなかありません。
周囲の友人のほとんどは卒業するとすぐに欧米へ留学していきました。

当時、企業に就職することは考えていなかったので、最初のうちは割と暇でした。

ピアノを習う方にお稽古をして、あとは伴奏をしたり、ピアノソロや声楽の勉強をしていました。伴奏やお稽古の仕事は、常時確実に来るわけではないですし、不安定であることには変わりありません。演奏会もありましたが、本番1週間前くらいになると、練習のためあまり人に会わなくなったりしていました。

人とあまり関わらなくなってくると、人恋しさもつのりますが、同時にだんだんと人会うのがおっくうになってきます。
たまに人と会っても、嬉しい反面、上手にコミュニケーションできずに、家に帰って落ち込んだりしていました。

ひきこもりに近かったと思います。

自分は将来どうなるんだろう。
このままどんどん仕事もなくなり、人とも付き合いがなくなり、孤独になっていくのだろうか。
こんな音楽しかできない専門家を企業が雇ってくれる訳が無い。
そんな気持ちで悶々と過ごす日々が多くなりました。

テレビはあまり見なかったので、そんなときはラジオが友達でした。
私は、家に帰ってくると部屋に入るのと同時にラジオをつけていました。
ラジオをつけると、そこからは、楽しそうに雑談をしている人たちの会話が聴こえてきます。リスナーさんたちの感想なども共感を覚えます。DJさんが、まるで私だけと向かい合っているように、優しく、親しげに話しかけてくれます。一人じゃないんだと思えました。
ラジオの時間は、孤独を紛らわす時間でもありました。

そんなとき、ある社会人合唱団から、ピアノ伴奏と指導の依頼が来たのです。
そのご縁から、私が一般社会人の方々と関わらせていただく時間が始まりました。
今思えば、お電話いただいた団員の方には感謝の気持ちしかありません。

その団体には、様々な職業の方々がいらっしゃいました。
企業に勤めている方はもちろん、学校の先生、大使館の公務員の方、自営業、お菓子職人さんや、ボクサー志望の人もいました。
世の中にはこんな商売もあるのか、と思うような仕事をなさっている人もいて、私の人生に対するキャパシティが一挙に広がった時期です。またここでも、自分は一人ではない、と感じました。

そんなとき聴くラジオも、読む本も、また今までとは違って意味深く感じられました。

ラジオと合唱と音楽修行時代。

当時は不安ではありましたが、今思えばこの時代に専門的な勉強と貴重な合唱経験をする時間をとっておいたのが現在の自分に大いに役立っていると思えます。
だから、人生諦めなければやることには全て意味があると今更ながら感じています。

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