「二郎は鮨の夢を観る」偉大な師の存在が人を頂上に向かわせる
2013年2月公開のデヴィッド・ゲルブ監督の映画「二郎は鮨の夢を見る」を観ました。
「すきやばし次郎」の店主、85歳で現役寿司職人、小野二郎さんの寿司を極める姿を追ったドキュメンタリー映画です。
二郎さんは約70年間ほとんど休まずに寿司を握り続けてきました。
そして、その寿司は世界的に高い評価を得ており、ミシュラン3つ星にも表彰され続けています。
しかし、そのお店はミシュラン三ツ星店とは思えないような、ごく普通のたたずまい。ビルの地下にあり、席は10席のみで、トイレは店の外にある。メニューは寿司のみ。よくあるつまみなどほかのメニューは用意されていません。お客と寿司職人はカウンター越しに向き合い、真剣勝負の寿司をたべます。お客は、お酒を飲みながら長時間いることなどほとんどありません。大抵は15分もいればさっと食べて、粋に席を立つ。そして、15分で一人3万円からという高価格。それでも、1ヶ月先まで予約でうまっています。
「すきやばし次郎」の寿司はいつ来ても極上の味。期待を裏切ることはないのです。
二郎さんの仕事は徹底した職人仕事です。
より美味しい寿司を作るために当たり前のことを日々繰り返すのです。
ただし、それがまさに細部にまで徹底している。
例えば、タコはゆでる前に40分も職人の手でマッサージされる。そうすることによって、タコの香りを出し、柔らかく仕上がるのです。
また、やけどするようなおしぼりをしぼれるような手にならなければ、魚さえ触らせてもらえません。
「卵焼き」も焼かせてもらえるようになるまで10年の修行が必要なのです。
二郎さんが、「寿司を握るまでに、仕事の92%はすでに終わっている」とおっしゃっていたのがうなずけるような仕込みの完璧さなのです。
その二郎さんの知恵や技術を一番に受け継いでいるのが、長男・禎一(よしかず)さんです。禎一さんは、伝説的な存在である父・二郎さんのいる頂上をめざし、日々修行し続けている。
禎一さんは、「続けていれば、誰でもある程度まではいける。でも、飛び抜けた存在になるには、舌や鼻のような”才能”が必要だ」と、裏の通路でのりをあぶりながら淡々と語るまなざしから、一流だけが知る果てしない修行の道を見据える覚悟を感じました。
途中、二郎さんの元で修行して独立した、これもミシュラン星付き店、寿司「水谷」の店主、水谷さんが出演していました。
水谷さんの「親父の存在が大きすぎて息子さんは大変だ、はやく息子さんにゆずってあげたら」と言っていた姿が印象的でした。
そんな偉大な父を持つ息子のプレッシャーは、実は監督であるゲルプさんも同じでした。
ゲルプさんのお父さんは、ピーター・ゲルプ氏で、エミー賞受賞、現在はオペラのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の総帥としても知られる方です。また祖父のアーサー・ゲルプ氏は、ニューヨーク・タイムズ紙のもと編集局長で、現在は作家として活躍しています。
六本木店の店主を務める、次男の隆士さんもまじえながら、二人の息子さんたちに対するゲルプさんの共感の念が、もしかしたらこの映画のテーマだったのかもしれないと思いました。
偉大な父とは、偉大な師。
偉大な師が人を頂上に向かわせるのだと感じました。
また今回の映画でも、寿司のネタを仕入れる先が、まぐろや穴子、エビなど、それぞれのプロフェッショナルだったことが描かれていて、やはり上段者の仕事は上段者にしかみえないことをあらためて思い知らされました。
以前、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に出演していた「藤田水産」の藤田浩毅さんも出られていました。藤田さんからは、すきやばし次郎、鮨 水谷、海味、鮨 青木、鮨 つかさ、しみづ、鮨 なかむら、など名だたる寿司の名店がマグロを仕入れています。
藤田さんは、超一流のマグロの目利きです。自分の納得いくマグロがないと仕入れない。もっと言うと「二郎さんが信頼し、二郎さんが気にいってくれるマグロが分かっていて、目利きできるプロ」ということなのです。
最後、カウンターに乗る、宝石のように後光が差す寿司。
それは、様々な一流のプロ、つまり上段者の手を経て奏でられる、オーケストラのハーモニー。
それが「すきやばし次郎」の寿司なのです。
二郎の哲学、そして日本の神髄をここまで撮りきったゲルプ監督に、ブラボーと言いたいです。