前田智徳選手の志の高さとリヒテルの「くだらん」
野球選手の前田智徳さんが引退、という記事を2013年10月6日日経新聞「春秋」にて読みました。
前田選手については、よく存じ上げなかったのですが、その記事の内容に思わず心惹かれてしまったのです。
甲子園出場の高校時代の逸話が、すでにすごいと思いました。
主将と4番を務め、タイムリーヒットを打ったにも関わらず、攻撃が終わってもベンチに座ったまま守備につこうとせず、目を真っ赤にして「オレはダメです」とつぶやいたと言います。 記事では、二宮清純さんの言葉にして「高校生にしてすでに求道者の趣であった」とあります。 以下、部分を引用いたします。
・・・・・(以下引用)・・・・・
引退ニュースに心動かされるのはなぜだろう。落合やイチロー、松井といった強打者が天才と認めた資質。絶頂期を襲ったアキレス腱断裂をはじめ怪我だらけの選手生活。わずかの差で届かなかった首位打者のタイトル。彼にして才能や努力に十分見合う結果が伴わなかったことに人生の難儀を知るからだろうか。
プロでも、ホームランのあとブスッとしたり、凡打なのにニコニコしたりしたことがあったという。そういう話に惹かれた。引退の記者会見ではそこだけ早口に言った。「志は高かったんですけどね」。その心構えがひりひりするほど伝わってくるユニホーム姿だった。 ・
・・・・(以上引用)・・・・・
巨人ファンで野球中継を観ていた父親が「前田は良い腕をしている」と、よく話していたのが記憶に残っています。 音楽の良く分からない父が、もう一人「良い腕をしている」といっていたのが、ピアニストのマルタ・アルゲリッチで、天才の腕は似ているのかもしれない、と今更ながら思いました。
私は、前田さんの話しを読み、ある人を想い出しました。
それは、ピアノの巨匠リヒテルです。
リヒテルは、どんなに聴衆が感動して、批評が大絶賛の嵐であっても、自分の満足いかない演奏をしたあとは、ムスッとしていたそうです。 ソ連時代、西側諸国での演奏が制限されていて、やっとアメリカでの演奏会が実現したときも、リヒテルの演奏はアメリカ中で大喝采となりました。はためには大成功に見えます。 しかし、リヒテルは一人「失敗だった」「ミスタッチだらけだ」とつぶやきます。
リヒテルのドキュメンタリー「謎」では、最晩年のインタビューで、小さく「くだらん」とつぶやいて終わっています。
この、「くだらん」。 リヒテル流の「志の高さ」ではなかったかと感じています。 音楽に対する追求の高さが、このくだらんの一言にすべて表現されているように感じました。
同じように、前田さんの「志は高かったんですけどね」と早口で言ったその一言。
生涯をかけて道を求める者の重量感を感じました。
前田さんには、今後も日本のスポーツ文化のために、さらなるご活躍を期待しています。