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ライフワークとしての学びを考えます。

「私ってOOな人だし」 気がつかない自己限定の罠

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「私って、OOな人だから。」
「私もうだめなんです。」
 
と、自己限定なさる方を多く見かけます。
 
「さて、お前はどうなのか?」ともう一人の自分が問いかけます。
 
 
音楽教室を経営している知人に会ったときのことです。
 
「生徒はどう?何人持ってる?音大にいけそうな子いる?音大にどれだけ入れているかもキャリアとして大事だよ。生徒も夢を持てるし、素晴らしいじゃない?」
 
彼女は、音大に入れてあげれば生徒にとって最高だと心から信じているように感じられました。
「仕事に強い思い入れがある」
これはプロにとって大事な一つの要素だと考えます。
 
しかし、その言葉を聞きながら、なぜ自分はこんなにも心が冷めていくのか?と思いました。
 
音大に入るのは良い。
しかし、出たあとの厳しさ。どんなに腕があっても、努力の割りに生活していくにはあまりに不遇であり、「誰でも彼でも」音大をすすめるわけにはいかない、と私は考えています。
知り合いの優秀な男性ピアニストは、「大手メーカー音楽教室の講師になんとかなったはいいけれど、月々の収入は12万」、と言います。将来、家族を養うような立場になった場合、どのように生活していけばよいのか。未だに親掛かりの人も多くみかけます。
 
「現実は分かった。しかし、心が冷める理由は本当にこれだけなのか?」
また、もう一人の自分が問う。
 
それはもしかしたら、まだ自分の中にある可能性を心から信じられず、自己限定しているそんな自分の存在に気がついているからかもしれません。
 
自分の中にはまだ素晴らしい成長の可能性が眠っている。
そして、見果てぬ夢に向かって、自分も成長しなければならない。
 
そう本気で思えるかどうか。

そう思えない人間が、人の成長を支援する仕事ができるのか。
「この方は素晴らしい成長の可能性がある」と無条件に信じられるか。
 
私は今まで、真剣にそう思ってくださる方に教えを請うてきました。それは、音楽関係の方々ばかりではありません。私を信じてくださった素晴らしい方々のおかげで、良き人生の一歩を踏み出すことが出来た。
 
自己限定。
それは、自分の可能性どころか、人の可能性まで奪ってしまう。
 
そこで逆転の発想をしてみる。
人に成長していただこうと思ったら、まず自分の成長を信じ成長すること。
 
ふと不安になるときもあります。
しかし、自分の成長を信じる道を歩み続けたい。
そして熱い思いを伝えたい。

心らそう思います。

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