「真理の根っこを掘り起こせ」 奇跡のスコップ
「私はスーパーティーチャーという言葉は好きではない。教師と生徒でいえば生徒の方が大事です。君たちにはスーパーストゥーデントになってほしい」
指揮者のチョン・ミョンフンさんが、2002年に放送されたNHK「未来への教室」という番組において、小学生のオーケストラでベートーヴェン作曲「運命」の練習を指揮したときに話していたことばです。
彼は、「プロに言うことも、君たちに言うことも同じ。手加減はしない」と言い、当時東京フィルハーモニー交響楽団というプロのオーケストラを指揮していたのですが、プロとやるときと同じように指揮していました。
第一楽章出だしのところで、「これは格好悪いので本当の演奏会ではお客さんに見えないように小さく隠れてやるんだけどね・・・」と言いながら、音のないところで「1、2、3、4、」と1つずつクレッシェンド(だんだん強く)して振り、気持ちを高め、「4」の後、最初の音を爆発させる練習をしていました。
音のないところでエネルギー(気)を高める、というプロと同じやり方です。
「音符の根っこまで行って、音を引っこ抜いてほしい。すごく強くてパワフルなものを引っこ抜くわけだから、力を全て出し切って。足りなければもう一度引っこ抜くんだ」
子供たちの練習は2回行われたのですが、一回目の後、ミョンフンさんは、オペラシティで行われた東京フィルハーモニー交響楽団、定期演奏会前日の稽古に見学させていました。これは通常しないことなのですがミョンフンさんが特別に場をセットしてくれたようです。
ここでも「音符の根っこを掘り起こすように演奏する。根を引きちぎるように!」と指示していました。ミョンフンさんは、リハーサルのたびに世界中どこのオーケストラにもこの言葉を言うのです。
同じ「運命」を演奏するとやはりプロ。指揮に対する反応の速さ、そして一つ一つの音に命を与えて音楽を作り上げる厳しさに、子供たちの目が生き生きと輝きだしました。
そして、2回目の練習。
指揮に対する反応が早くなり、演奏が格段にレベルアップしていたのです。
ミョンフンさんは、子供たちに「プロのオーケストラから繊細な感性で音楽を受け止めた」「皆さん全員がスーパーストゥーデントです」と小さなスコップと「SS」(スーパーストゥーデントの略)と自らデザインしたTシャツを全員にプレゼントしていました。
スコップで「自分の心を掘り起こす」こと。そして「独自の表現力をもってほしい」という期待を込めてのプレゼントだったのだと思います。
ミョンフンさんが相手の可能性を心から信じて疑わず、ぐいぐいと伸ばしていく様子は見ていて感動的でした。
特に東京フィルハーモニー交響楽団の練習から強いインスピレーションを与えたところは見事だったと思います。
私は、例えば先生と生徒、そのような関係の中で、最高の贈り物とは「相手の可能性を信じる」ということだと思っています。
ピアニストでもあるミョンフンさんが、最後子供たちに対してシューマンの「トロイメライ」の演奏をしていました。なんという、心がとろけるような、包まれるような慈愛に満ちた音。
奇跡のような教育の現場を見る思いでした。