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運を天にまかせるほかない「運命」

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ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。皆がよく知っているこの曲、これが意外に出だしが難しいのです。
 
この最初の「振り」をどうするか?が、全ての指揮者を悩ませるところなのです。
 
理由として、「ジャジャジャジャーン」の前に実は休符(半拍分のお休み)があること。ここで指揮者は一回空振りをしなければならず、その後食いつくようにオーケストラが音を出します。
ここを演奏家がどう感じているかというと「ウン(休符)、ジャジャジャジャーン」なんですね。
この休符を失敗すると、全員がバラバラになってしまいます。
 
もう一つは、音がユニゾン(全員同じ音)であること。
もしアンサンブルが乱れたりすれば、まっ白い画用紙に黒い墨をたらしたように、どんな人でもすぐに分かってしまいます。
だから、この曲を演奏するときは、緊張感は極限まで高まります。
 
ある指揮者は、客席から見えない角度で、オーケストラだけに分かるように脇の下あたりで小さく「サン、シッ」と予備を振ってから出ると言っていました。これならほぼ確実に出られます。
しかし、なぜ客席から見えないように振るかと言うと、演奏は見た目も大変大事だからです。
極度の興奮状態と緊迫感の中から、運命を打ち下ろすように一振りで決めること。
これがこの作品にとって一番ふさわしい出方だからなのです。
 
これを人類最高の指揮者とも言われている巨匠フルトヴェングラーは、何もしない。
しかも「振ると面食らう」というほどの指揮のため、実際棒を見てても分からなかったそうです。
 
天から何かが降りてくるのを感じるかのように、指揮棒はそれをキャッチするアンテナのように、ユラユラとさせる。そしてオーケストラの誰かが出る・・・。
 
フルトヴェングラーの「運命」について「朝比奈隆 交響楽の世界」で朝比奈隆さんが語っておられます。
 
「解らないんで皆で、こう、様子を窺い、ズバッと出て、物凄くスッキリ気持ちよく出られたときもあるし、バタバタになって(3個のはずの8分音符が)5つになったり、4つになったりすることもあったらしい。」
 
そして、ご自身で振るときはどうするかというと・・・
 
「<運命>を感じます。"運"を天にまかせてやるよりしょうがないですよ。『練習でこういう風にして、予備運動はこうする』とか言うんですけどね。ところが舞台に出たらそんなもんじゃない。第一どんな速さで出てくるか、振ってみなきゃ解らないですよ。それに楽員の方もね、だいたい自分達が、どういう恰好になるか見当がつかないと思っている。といって、予測しやすいように『3、4、タ・タ・タ・ターン』て振ったら、よく揃うかわりに何の緊張感もないでしょう。」
 
ということのようです。
 
確かに朝比奈さんの指揮は、どんな曲でも出だしがわかりにくい。
しかし、その棒に気を合わせようと必死になる楽員の音に、含みというか重みが生まれていました。
 
そういう不器用ともいえる棒が、音楽に良い作用をもたらすこともあるのです。
もちろん、単に勉強不足で不器用ということではありません。そこに立っている人がどんな人であるか。それは正直に音楽に表れてくるものと思っています。

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