「君、いくら払う?」 門外不出などない
「君、いくら払う? 私は長い間勉強してドイツまで留学した。ものすごい投資をしているんだよ。そんな気軽に教えられるものじゃない」
指揮者のY先生は、
「ボクはデビューしたはいいけど、金がなくて短大のピアノ科しか出てないから、どうやって指揮していいかわからない。リハーサルで、ソリストのO先生(有名男声歌手)に、ドイツ語の歌詞の扱いについて、向こう(ドイツ)ではどうしているか聞いたとき、”君、いくら払う?”って言われた。そのくらい教えてくれてもいいのに、とも感じた。しかし当たり前だけど、プロは厳しいなあ、と思ったよ」
とおっしゃいます。
今と違って、O先生の時代は、留学するということは大変な覚悟がいったでしょう。
そして当時の本場ドイツで学ぶということは、まだまだ日本では学べないもの教えてもらえた。それこそ「門外不出」とでもいうべき、先生から弟子へ口伝えに受け継がれてきたものを会得してきたに違いありません。
第一級の音楽家になるためには、第一級の音楽家から、実体験に基づいたいわば企業秘密の極意を学ぶ必要があるのです。そしてその企業秘密は、軽々しく外に出してはいけない。本当に学ぶべき弟子にのみ伝えていく、というものなのです。
そして、指導される側も若く感受性豊かであることから、先生の与える影響度は一般人の想像をはるかに超えるものがあります。この考え方は、いや、「思想」ともいうべきものは、今でもクラッシックの世界でかなり根強く残っているものと思われます。
その根底には、「これ以上ライバルが増えると自分の仕事がなくなるから困る」という、考え方もないとは言えません。
実は私も、数年前まではあまり出さないようにしていたのです。だから周囲のビジネスパーソンが無料でコーチングしているのを見て驚きました。「どうして、苦労して学んだすごいことを気軽に教えるのですか?」と聞いてみると、
「自分のためになるよ。そして、その人に成長してほしいしね。」
と、サラリと言うではありませんか。
これを理解するのに時間がかかりました。
アウトプットすることは、みんなが幸せになり、結果自分に帰ってくる。
限定された人にだけ伝えるより、より多くの人に伝えたほうがいいのではないか?後生大事に持っていても、せっかくの有益な智恵も無に終わってしまう。
そこから、やっとブログを書く決心をしました。
現場でも、一般の人たちに対して分かりやすいことばでどんどん教えています。
自分が教えてもらったことを世の中に伝えていくことで、クラッシック音楽の世界が豊かになり、結果先生方への恩返しにもなる。きっといつかは喜んでくださるものと思っています。