全て指揮者の指示通り歌いますか?
「集団音楽において指揮者とは絶対的な存在である」
この考えは間違っていないと思います。
それでは、皆さんは指揮者の前で歌うとなると、箸の上げ下ろしから全て指揮者の指示通り歌いますか?
2011年7月16日合唱団コール・リバティストに東混のテノール志村先生をお招きしての稽古を行いました。
この日は林光編曲の「椰子の実」を歌ったのですが、あまりに有名で皆さんもよく知っている曲です。
「プロであるからとか関係なく、昔から知っているイメージがあって、目の前で指揮者が振っていたとしても自分の中で曲を作って歌っていますね。
”ここでハーモニーがはまって”とか”このパートがこう出たほうがいいんだろうな”とかついつい考えてしまうのは職業病ですが。」
と志村先生はおっしゃいます。
もし曲に対する想いがあるならば、集団音楽であっても自分の感覚を大切にして歌っていいのではないでしょうか。
もちろん、一人だけ速く歌ったり、弱いところで強く歌ってはよくありませんけれでも、作品に対するイメージのようなものは、集団音楽であっても個人がそれぞれ持っているべきだと思うのです。
皆さんが「表現しよう」とすることが音楽にとって大事なことなのです。
全員が心がどこかにいっている状態で、指揮者の指示どおり「右向け右!」になってしまうと、音楽の生命力が落ちてしまいます。
それぞれが心を込めると、バラバラになってしまいそうですが、そんなことはありません。
それをまとめるのが指揮者の力量。指揮者ってそのためにいるんですよ。
指揮者によっては「全て言われたとおり完璧にするだけの団体はかえってつまらない」と言う人もいるくらいです。
「椰子の実」において、編曲者の林光さんは「いずれの日にか・・・」のところは、書いていないけれども、少しリタルダンド(だんだんゆっくりという意味)をして歌ったらどうか、とおっしゃっています。
この曲を練習していたらぜひ参考にしてみてくださいね。
ソプラノが旋律を受け持っていることが多い作品ですが、旋律ではないところを歌うテノールやアルトも素晴らしい音がたくさんあります。
「今、旋律じゃないから大人しくしとこう・・・」と、息をひそめて無表情になることはありません。
美しいと思ったら、のびのびと歌っていいのですよ。
そのほうが、旋律を歌うパートも歌いやすくなりますから。
どうぞ試してみてください。
リバティストでは、この頃、声質が明るく軽やかになってきたので、こういう抒情歌のような作品は、得意な雰囲気がします。
これからさらにハーモニーを深めていけばかなり良くなるかも。
楽しみです。