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ライフワークとしての音楽を考えていきます

人生を変えた師との出会い

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かかってきた一本の電話。
今思えば人生を変えた電話でした。
 
「合唱団のピアノ伴奏をお願いしたいのですがよろしいでしょうか」
 
知り合いが行っていたのですが、辞めることになり、紹介されての電話でした。
合唱の伴奏を専門でお願いされたのは初めて。毎週定期的にお仕事をいただけるということでしたし、良い勉強になると思い引き受けました。
 
日曜日の夕方稽古場に行くと、当時学生の私に対して、ものすごく丁寧で腰の低い団員さんたちが出迎えてくださいます。幹部がぴしぴしと気持ちよく動き、指示を出しながら練習していました。今時珍しいくらいしっかりしています。
「アマチュア合唱ってすごい。礼儀正しいな。」と思いました。
 
30分後、指導者の指揮者をお迎えします。
それがY先生でした。
Y先生は合唱界ではカリスマといわれ、ある時期一世を風靡した人です。普通に歩いているだけなのにすごい気迫が全身からみなぎって空気が変わります。
 
Y先生は、稽古に入るなり
「君たちは何がやりたいのか?」
と問います。
合唱をしたくて集まっているはずなのになぜそんなことを聞くのか不思議でした。
 
「こんなのは私のやりたい音楽ではない!」
 
そう言い放つと、稽古場を出て行かれました。
 
それを追いかける幹部。
 
私は、あまりにも初めてのことで、青ざめてあっけにとられたままピアノの前に座っていました。先生は、団員の音楽に対する心構えが低いことをすぐに察知したのです。
 
幹部が先生を説得し、戻ってきたときからやっと音楽の稽古が開始されます。
 
その指揮棒の一振りがただ事ではないことが分かりました。
もし現代に宮本武蔵がいたならば、このような剣であったことだと想像します。
 
合唱団員たちの声がまた凄まじかった。
ピアニストは団員には背中を向けて弾いているのですが、その一声に切れ味と迫力があり、背中を斬りつけられるような感覚におちいるのです。音大のプロっぽい合唱とは全くちがう凄みがあるのです。こちらも電撃が走ったようにピアノの鍵盤を前に夢中で弾いていました。
 
「まだだ!ちがう!もう一回!」
何度も何度も同じところを納得がいくまで稽古し続けます。そして先生は「地獄耳」と表現したくなるほどの抜群の耳のよさでした。
 
「今日初めてです」という団員さんがいましたが、先生の指導でみるみる素晴らしくなっていきます。本人自身が想像を超えた声に驚きその場でポロポロと泣いてしまうほどでした。
 
私は、「こんな指導者はみたことがない。この先生から学びたい。」そう思いました。
 
「ボクはね、田舎者で貧乏で、音大の短大しか出てないの。だから必死でやるしかないんだよ。人間には無限の可能性があるんだ。絶対にこちらが諦めてはいけない」というのが口癖で、熱いパッションを持った人でした。
先生は小澤征爾さんなどの指揮者が名を連ねる日本指揮者協会会員。しかし、朝の4時から勉強している小澤さんを尊敬し、いたって謙虚で、影ではものすごい努力をされていました。
 
結局その後何年も私は先生の下で音楽の大事なエッセンスを教えていただくことになるのですが、今の私があるのは、あのときの一本の電話あったから、先生との出会いがあったからなのです。先生のような教え方は先生だからこそ出来ること。しかし、今や指揮棒を置いてしまわれている先生の最後に指導を受けた者として、そのエッセンスを自分なりのやり方で引き継いでいきたいと思っています。
 
このブログでも今後、先生のことを書いていきたいと思っています。

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