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陶酔のピアニッシモ 東京混声合唱団「日本の歌」

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2011年5月29日、横浜市の青葉台にあるフィリア・ホールにて行われた、東京混声合唱団(通称「東混」)の演奏会「日本の歌」を聴いてきました。
 
現在、日本最高の実力を持つ合唱団の底力を見せ付けられた演奏会だったと思います。
 
プログラム前半は、「アカペラによる日本のうた」と題して、「さくら」「通りゃんせ」「花」「七つの子」「赤とんぼ」「遥かな友に」、そのあとは三善晃作曲の女声合唱のための「三つの抒情」が歌われました。
 
圧巻だったのは、アカペラの日本の歌。
人間の声だけで、こんなにも広大な一つの宇宙を作り上げることができるのですね。
 
アカペラですと、プロでも音程が不安定になったり、ピッチが下がっていったりするものなのですが、そのような不安もほとんどありません。純粋な人間の声による完璧な声の伽藍が築き上げられていきます。
 
決まるべきところが楔を打ち込むように「ピシッ」「ピシッ」と音をたてて決まる。
鍛え上げられたアンサンブル力とはこういうものか、ということを改めて感じました。
 
とどめをさしたのが、「赤とんぼ」(編曲は篠原眞)でした。曲の後半に長い長いピアニッシモが続くのです。
 
私は、演奏で一番難しいのは何か、と問われれば「最弱音(ピアニッシモ)」であると答えます。
感動的なピアニッシモを演奏することほど難しいものはありません。かすれてしまったり、薄っぺらで無意味で内容のないものになってしまうのですが、東混は超人的な歌唱力で、透明感を維持しながら歌いきりました。
まさに陶酔の極み。心をとろけさせる、この瞬間がいつまでも続いてほしいと願わずにはいられませんでした。

三善晃「三つの抒情」も、女声特有の純粋で混じり気ない音づくりが人間の声を忘れさせ、器楽的とさえいえるような名演でした。
 
そして、休憩をはさんで後半は、佐藤眞作曲の「蔵王」と合唱曲屈指の名曲「水のいのち」でした。
 
「蔵王」における自然描写の表現力が卓越しており、まるで東北の自然を目の前にしているような錯覚に陥ります。
特に「吹雪」で見せた、身震いするような男声合唱のかっこよさ・・・!
体臭さえ感じさせる分厚い音色。今まで抑えていたものを爆発させるが如く、地鳴りのようにホール全体を揺るがすパワーと興奮に包まれました。
ここまで全開の東混も珍しい。そんじょそこらの合唱団ではただ怒鳴るだけになってしまうところを音楽的に聴かせるワザは東混だからこそ為しえる領域だと思います。
 
さて最後は「水のいのち」。
あの東混が「水のいのち」を歌う。こんな機会を逃していいものでしょうか。
掛け値なしに最高の「水のいのち」を聴くことができるのです。
 
第一曲「雨」は単独でも演奏される有名曲です。
作曲家の高田三郎さんが「とにかく弱く。とにかく弱く。」と要求したこの曲を、そのイメージに限りなく近く再現されたのではないでしょうか。ともすると、ただ弱いだけで伝わらなくなってしまう危険があるため、なかなか超弱音主体で演奏されることはないのです。
けむるような雨がしとしとと降り注ぐ有様が見事に表現されていました。
 
「川」も決して怒鳴らず、あくまで上質な「歌」として音楽を紡いでいました。「水たまり」は重力を感じさせない軽快なテンポ感と間合いの良さがセンス抜群。
そして、「海」でみせた、ハミングの明快さ。オンディーヌが微笑んでいるようです。
「海よ」では、磐石の体勢でクライマックスに持っていく構成力が見事でした。「いつ来るのか、いつ来るのか」とジリジリしながら待ちわびる、あの天にも昇るような転調部。すぐにトップギアに入れないところに余裕と懐の深さを感じます。ちょっと気持ちを込めるだけで、音楽の色合いが変化し、みるみる音楽が広がり、聴衆の心を永遠の未来へといざなうのです。
 
アンコールで歌われた「大地讃頌」もリラックスした雰囲気の中、のびのびとした声が魅力的だった演奏。
 
どんなに実力のある演奏家でもライブは一期一会。
この幸運に感謝したいと思いました。
 
田園都市線沿線住宅街にあるフィリア・ホールの暖かい雰囲気と響きの優秀さも手伝い、心に残る素晴らしい演奏会だったと思います。

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