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世界に通用する大賀典雄さんのサムシングユニークネス

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2011年4月23日、大賀典雄さんが亡くなりました。
 
大賀さんといえば、ソニーの大賀さんで有名ですが、元々は芸大出身のバリトン歌手。後年はベルリン・フィルなどの一流オーケストラと共演する指揮者でもありました。
 
芸大を出たあと、ドイツに留学し、帰国後は歌手として活躍するはずでしたが、盛田昭夫さんにひっぱられてソニーに入社。あっと言う間にソニーの顔となってしまったのです。
 
「飽くことのない好奇心と、他人とは違ったサムシングユニークネス」
盛田さんは、大賀さんをこう評しました。
 
カラヤンなど一筋縄ではいかない音楽家たちが一目置き、対等に渡り合える力量も、日本人の経営者としては異色で、サムシングユニークネスの重要な要素の一つだったかもしれません。
 
経営はアート。
 
大賀さんを見ているとそう思えます。
仕事に彼一流の美意識が感じられるのです。
アップルのスティーブ・ジョブズと同じような感覚を持っていると思います。
 
大賀さんこれほどまでに経済界トップに昇りつめたにもかかわらず、野心がなかったといいます。
 
1989年8月14日の日経ビジネスオンライン に大賀さんついて書かれていましたので引用します。

     ・・・・・(以下引用)・・・・・

いつの間にかソニーの仕事が忙しくなって、声楽家とビジネスマンの二足のワラジが履けなくなってしまったが、私は一度も自分から音楽をやめようと思ったことはない。自分から社長になりたいと思ったことも一度もない。何の野心もない音楽青年を無理矢理引っ張って来て、他人とは全然違うエスカレーターに乗せて経営者に仕立て上げた。すべては盛田さんがなさったこと。

     ・・・・・(以上引用)・・・・・

世間一般には立派な経営者である一方、実はご自分の中では常に一人の音楽家であったのだと思います。
 
自身満々、強気の経営で知られる大賀さんですが、意外な一面もありました。
 
ピアニストの中村紘子さんにとっては、あくまでピアニストである夫人の松原緑さんのご主人だという認識だったそうです。

中村さんによると、大賀さんは音楽のことになると、「目茶苦茶にセンチメンタルなロマンチスト」。夫人のピアノリサイタルの楽屋で、なぜか青ざめてすっかり目のすわった大賀さんがいて、「甘く、悲しく、切々とうたえ」と注文を出していたとか。
 
同業者だからこそ、演奏家の緊張感は良くわかるものです。大賀さんの場合、特に共感力が高く、我が事のように感じてしまうのでしょう。
 
繊細な面と強気で合理的な思考。この両面のバランスがとれていたところが、経営者として成功した理由だったのではないかと思います。

今後、大賀さんのような経営者が出てくると、また日本の経済も楽しみなことになってくるかもしれませんね。

大賀さんは今頃、天国でカラヤンと大好きな飛行機を操縦して楽しんでいるのではないでしょうか。ありがとうございました。

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