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ハリウッドの善と悪 そして変化するアメリカ

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「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン」の中で、ストーリーを作る上で「適役を導入する」と「正義の味方を登場させる」ということが書いてありました。
 
例えば、大評判になったマッキントッシュ1984年の広告では、IBMが悪玉です。
ジョブズは勧善懲悪の話しの作りは感情に訴える力があると言って、アップル取締役全員の反対を押し切って放映しました。
 
この考え方の基本は、アメリカのハリウッド映画にあるのだろうと思います。
 
2008年アメリカで大ヒット記録を作った「バットマン:ダークナイト」はジョーカーを究極の悪の象徴として描きました。
それに対抗する「正義」。これがバットマンです。
 
しかし、この映画の面白いのは、完全な正義のはずであるバットマンが「自分は正義なのか悪なのか」と悩み始めるところです。
ここがこれまでのハリウッドのヒーロー映画と違ってきているところだと思います。
 
黒澤明監督のヒーローもので「椿三十郎」という映画があります。
この三船敏郎演じる椿三十郎は、正義と悪を全く普通の状態のまま併せ呑んでいる人物。
「用心棒」においても無類の強さを持つのですが、戦略がずる賢く、こすっからいところもあるヒーロー。
 
一方「悪」を演じる仲代達也は、完璧な悪ではなく、弱い面やコンプレックス持つキャラクターです。
 
悪魔が天使から生まれたように、善と悪は大いなる矛盾をはらんでいることになります。黒澤監督は「人間」という矛盾だらけの存在を描いていたのですね。
 
そもそも正義とは何だろう、悪とは何だろうと考えたとき、それは相対的なものではないかということに気づかされます。
 
ニュージャージー在住の作家、冷泉彰彦さんが 2008年7月26日に発行されたメルマガで「ダークナイト」について書かれていた文章をご紹介したいと思います。

     ・・・・・(以下引用)・・・・・
 
「現代において一貫性のある善というのは可能なのか」、という根源的な問いです。私は「問い続けることが唯一の善」というような優等生的で分かったような分からないようなことしか言えないのですが、とにかく見る人間の一人一人にそうした問題を突きつけてくるのは事実でしょう。
 
     ・・・・・(以上引用)・・・・・

2001年の9.11以降、「ダークナイト」のような映画がアメリカで大ヒットするところに、アメリカの変化が感じられるのです。

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