「出来ないものは出さない」 プロフェッショナルの心得
白金台にある三ツ星フレンチ「カンテサンス」。
その若きシェフ岸田周三さん、フランス修行時代のことです。
師パスカル・バルボは、岸田シェフ渾身の魚料理を「これではお客さんに出せません」と捨ててしまいます。
岸田シェフは、そこでプロフェッショナルとはどういうものかを学んだのかもしれません。
濃厚なソースを使用しない、常に最先端のフレンチに挑み続ける岸田シェフは、日々変化する素材の味と徹底的に向き合って、納得した完璧な料理しかお客さんに出さないのです。
これは、プロの音楽家にも共通することだと思いました。
7月24日、私が指導を努める合唱団コール・リバティストで、東京混声合唱団のテノール歌手、大貫先生をお招きしての練習を行いました。
ルネサンス時代の宗教曲、ビクトリアの「Ne timeas,Maria」。
ルネサンス時代には、その時代の演奏スタイルというものがあり、この方法を用いることはプロでもなかなか難しいことだと思います。
大貫先生は、一つ一つの表現について、とても細かい技術を使って歌っていました。
ルネサンスからバロック時代の音楽は、まるで繊細な金細工を見ているような演奏を要求されるのです。
音を切るところ、強弱をつけるところ、迷いなくベストな母音を選び発声すること、ブレスの取り方・・・など、すべてを細かく決めて、その通り演奏します。
プロの職人芸とはこういうことを言うのですね。
「母音一つとっても、フレーズ一つとっても、一つ一つが商品となるように。
これを確実に決めていかなければ、もしプロだったら、次の仕事はない。」
「だから、何度も何度も出来るまで同じところを練習します。」
「プロは出来ないことはしません。
自分の演奏すべてに責任を持ちます。
合唱だったら、もしも間に合わなかったり出来ないところがあった場合、そこだけ声を出さないくらいの覚悟でやりますよ。
あなた達も、お客さんの前に出すならば、こういったことをきちんとやっていきましょう。」
どんなに技術があったとしても、一曲の中でどうしても苦しいところが必ずあるものです。
こういうときはどうすれば良いか。
「ハーモニーを感じながら歌うと、少しは楽に歌えます。
歌は単旋律ですが、縦のハーモニーがどうなっているか、興味を持ちましょう」
以前、歌曲の伴奏を専門にやっている知り合いのピアニストが話していたのですが
「歌のすごい人はハーモニー感覚があるね。声が良いだけではやっぱり難しいね。」
と言っていたのを覚えています。
厳しいお客さんの前で歌っているからこそ磨かれる、プロの技や心得を教えていただくことが出来ました。
そこに、持続するモチベーションと、徹底した責任感を感じ、身が引き締まるような思いがしたレッスンでした。