これだけは真似してはいけないと言われているピアニストがいる
門下生で集まっているときに、ある生徒が先生に尋ねました。
「CDを聴いて曲を勉強すると、どうしてもその演奏家の影響を受けてしまいます。
真似をしているようなことになってしまって良くないでしょうか?
もしそれが良くないなら、最初にCDを聴かないで勉強し始めたほうがいいでしょうか。」
それに対して先生は
「CDを聴くことは悪くないと思う。
良いと思うところがあれば十分取り入れて演奏すればいいのでは。
もしあなたが真似をして弾いていると思っていたとしても、全てを真似できるわけではありません。
聴衆は真似をしている、なんて思いません。
真似をしているうちに、あなたを通して、ちゃんとあなたの演奏になっています。」
「逆に、情報があふれているこの時代に、他の演奏を一つも聴かずに弾くことのほうが危険です。
いろんな解釈があるし、ある意味、その曲の演奏スタイルというものがあります。
何も知らずにそこからはずれて演奏することのほうが恥ずかしい。
山奥で隠遁生活をしていて、情報はシャットアウトしているなら別だけど。」
とおっしゃいました。
それから私は、一つの曲に対して3種類以上の演奏は聴くようにしています。
ただ、一回だけ「真似をしてはいけない」と言われたことがあります。
ある時レッスンで、「誰の演奏を聴いたの?」と聞かれました。
「ホロヴィッツですが・・・。」
と答えると、
「ホロヴィッツの場合は、あのタッチでものすごい色彩感のある音が出せる。
これをホロヴィッツ以外の人が真似をしても出来ない。
乱暴に叩いて割れたような音が出てしまう。
もちろん聴くことはいいけれど、勉強のためなら他の演奏家を聴きなさい」
と言われました。
ホロヴィッツの演奏は、ホロヴィッツだと言われなくとも、音だけ聴けばすぐに分かるくらい際立っています。
ピアニストで「あの魔法のような演奏をしてみたい」と思わない者はいないと思います。
一回聴いたらとりこになってしまう麻薬のようなピアノなのです。
そんなに魅力的なピアノなのですが、ホロヴィッツのようなピアニストは今まで一度も聴いた事がありません。
それだけ、ホロヴィッツの真似をすることは難しい、ということなのですね。
「学ぶ」という言葉は「真似ぶ」から来ていて、「真似る」ということらしいのです。
真似ているうちに、自分のものとなっていくということなのでしょうね。
学び、真似ることは良いのですが、たまにはこういうこともあるのですね。