良いオーケストラを指揮すると肩が凝らない
世界最高のオーケストラといわれているベルリン・フィルを振るカラヤンの指揮を見ると、目をつぶって緩やかに振っているだけ。しかし実際オーケストラから出てくる音は最高のサウンドなのです。そして、カラヤンがここぞというところだけ強い意志を伝える振り方をすると、オーケストラはホールごと吹き飛ぶような爆発的な力を発揮します。
私は、カラヤンの棒は魔法の杖ではないかと思っていました。
しかしこの頃は、ベルリン・フィルの力も大きかったのだということが分かってきました。
気高いオーケストラ、ベルリン・フィルは
「我々は、いついかなるときでも120%の力を発揮する」
と言っています。
優秀なオーケストラはほとんど自分達だけでも演奏できる上、指揮者のどんな小さな指示にも敏感に反応するのです。
だからカラヤンは、ベルリン・フィルに最高の力を発揮してもらうことをすればよく、無理矢理引っ張りまわすような指揮は必要なかったというわけですね。
日本を代表するプロ合唱団、東京混声合唱団の演奏会を聴きに行くと、大抵の指揮者は指揮棒というものを持っていません。
両方の手の指先まで使って、大変繊細な指揮をしています。
指が10本の指揮棒のような役割をするのです。
客席から見ると、ほとんど何も振っていないくらいに見えます。
合唱はオーケストラと違って声の集団音楽。
さらにデリケートな表現が可能な世界なのです。
作曲家の林光さんの指揮で聴いた「原爆小景」は素晴らしく、今でも忘れられません。東混(東京混声合唱団のことで「トウコン」と言います)しかできない演奏でした。
特に2008年の「8月のまつり」では、後半で林さんがピアノ伴奏をしながら指揮する、「弾き振り」は、目の合図と頭をちょっと振るだけで、合唱団が敏感に演奏していました。
同じ2008年4月22日にサントリーホールで「第38回サントリー音楽賞」受賞コンサートの最終曲で演奏された、柴田南雄作曲の「追分節考」は圧巻でした。
指揮者は、ほとんど指揮することもなく、舞台に並べられた団扇に書かれた文字をかかげるだけ。
合唱団員はホール中をねり歩き、その団扇の指示だけを頼りに自発的に演奏していきます。
民謡特有の土臭さが鼻につかない、ある意味純粋な音楽となって、瞑想的な気持ちに誘われました。
今でも思い出す、名演だったと思います。
いい合唱団は、指揮者が大汗をかきながら暴れまわるような指揮は必要ないくらい、ちょっとした指示で最高の反応をするものなのです。
こんな合唱団だったら、指揮者はきっと肩が凝らないでしょうね。