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書籍スキャン代行業に関する雑感

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書籍スキャンの代行業者に対して、著作権者が提訴するという報道がありました。ITmedia の記事「東野圭吾さんら作家7名がスキャン代行業者2社を提訴――その意図」に記者説明会のようすが紹介されています。

■被告の2社と他の代行業者

記事によれば、今回被告になったのは「スキャンボックス」と「スキャン×BANK」の2社です。この2社は、9月に出版社などが出した質問状に対して「著作権者が許諾していない作品について、今後も依頼があればスキャン事業を行う」と回答したそうで、実際、どちらのサイトにも「著作権について」という解説で私的複製としての代行業であることを表明しています。

もともと、スキャン代行という業態は昨年4月に開業した「BOOKSCAN」が契機になって広まったものです。BOOKSCAN をはじめ、多くの代行業者は「著作者の許諾を受けている」ことを前提にしており、質問状に対してもほとんどの業者は今後のスキャンを行わないと回答しています(*)。私は、BOOKSCAN が話題になったとき、許諾を前提にするのは好ましくないと思っていました(**)。もし、多くの出版社がスキャン代行を否定し、書籍に「書籍スキャン代行業の利用は私的複製にならず、本書での利用は禁じます」と明示してしまえば、いずれスキャン代行業が成立しなくなってしまうためです。しかし、この意見は「訴訟沙汰を避ける」という見地からは間違っていたことになります。
*「「自炊」代行業者8割強が「今後は行わない」 出版各社に回答」(産経ニュース)
**「BOOKSCANについての雑感

■差し止め請求

今回の提訴は、業務の差し止めを求めたものです。被告の2社以外は、「嫌と言われた出版社・著者の作品は対象にしない」と回答しているので、わざわざ裁判を起こして差し止める必要がありません。音楽における JASRAC と違い、書籍は著作権を包括的に管理する団体はないので、著作権者が自ら裁判を起こす必要があります。今回の原告として出版社が含まれておらず、7人の著者であるのもそのためでしょう。出版社は背後で支援しているかもしれませんが、スキャン代行によって出版社の権利を侵害されていると主張するのは難しいと思われる上に、そもそも2年前のグーグルのブック検索和解案において、大手出版社は「著作権は著者のものであり、出版社に割り込む権利はありません」と明言していました。今さら、スキャン代行業について「権利侵害を受けている」と言うのもおかしなことです。

すでに2社とも新規の受付を停止していますし、裁判を受けて立つほど大きなビジネスかどうかはわかりません。他の業者のような許諾を前提にし、原告の著作については受け付けないのがもっとも簡単かつ安上がりな対処方法でしょう。業務全体を止めなくても、原告の作品について受け付けないことにすれば、原告には訴える理由がなくなるからです。既存分の損害賠償を求めることはできるかもしれませんが、記事では損害賠償請求はされていないそうですし、なにしろ著書の購入者の代わりにスキャンするだけのことですから、賠償が認められるとしても金額は微々たるものでしょう。

■私的複製

2社が私的複製を前提にしないことで決着すると、今後のスキャン代行業は暗黙なものも含めて許諾に基づくのが前提になってしまいます。前述のとおり、スキャン代行業の利用禁止が書籍に広く明記されるようになれば、将来、尻すぼみになっても不思議はありません。私的複製が認められれば、著者の許諾がなくとも受け付けられるのに、です。

また、記事によれば、裁断済みの本がオークションで取引されており、スキャン事業が海賊版が普及する大きなきっかけになりかねない、とあります。この2社は、裁断済みの書籍を返却するオプションを用意していたようですが、そうした書籍を所有者がオークションに出すことは禁じられていません。そもそも、代行業者を利用せず、自分でスキャンするために裁断した書籍ならば、出品を禁じようがありません。代行業者が破棄すると言ったものを勝手にオークションに出品していたと確認しているのかわかりませんが、記事からはそのようには読み取れません。

一方、2社が裁判を受けて立ち、私的複製として決着する可能性もゼロではありません。そうなれば、他の業者も追随して、許諾に関係なく受け付けるようになるでしょう。BOOKSCAN が話題になった時に、「すみません、裁判例一つください」というエントリを書いた人がいましたが、判例というお墨付きがあれば大企業が参入することも考えられます。そうなれば、この裁判はただの藪蛇です。

■海賊版防止策

これも以前書いたことですが、スキャン代行する際には「依頼者名(および業者名)をスキャンしたデータに埋め込んでおく」という形をとれば、仮に違法に配信されたとしても配信者を特定できるようになりますから、海賊版の防止策になりえます。iTunes でも DRM フリーの楽曲にはアカウント情報が埋め込まれています。個人でスキャンしたデータにはそのような情報は埋め込まれませんから、むしろそうした情報を埋め込む前提で代行業者を容認すれば、わざわざ個人で裁断機やスキャナーを持たず、代行業者を利用する人が増え、違法な流通を抑止できる可能性もあります。

和解は考慮されていないようですが、これを機に双方が落としどころを探ってみるべきではないかと思います。

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