CD に「使用許諾契約書」が添付される日
例によって反応が遅いエントリです。「CDをネットで交換できる「diglog」一般公開」(ITMedia)などで報告されているとおり、不要になった CD をネットを通じて交換するというサービスが日本でもはじまろうとしています。やはり気になるのは、こうしたサービスによる CD 販売への影響です。「お金を出して買った CD をどうしようと勝手」という意見もあるでしょうが、たとえばコンピュータソフトウェアでは、こうしたサービスは実現しそうにありません。これはたいていのソフトウェアが著作権法だけでなく、使用許諾契約(あるいは利用規約)という契約によって守られているからです。たいていのソフトウェアの使用許諾契約では、レンタルは認められていませんし、譲渡は認められていないか、認められていたとしても“手元のコピーをすべて消去”した上でのみ認められているのが普通でしょう。
そこで思い出したのが、やはり前職時代のソフトウェアの利用規約です。この利用規約は原文では "Non-Nonsense License Statement" という韻を踏んだ“粋なタイトル”になっていたのですが、そこにはソフトウェアを「書籍のように扱うこと」と書かれていました。それまでのソフトウェアの使用許諾というものは、自宅と会社で使いたくてもコピーしちゃいけない、登録した人以外が使ってはいけない、メディアに破損の恐れがあってもバックアップも取れないといった“厳格”なものがほとんどでした。しかし、この「書籍のように扱うこと」というのは、たとえば書籍を持ち歩くのと同じように自宅と会社で同じ人が使うことも許されましたし、あるいは書籍をまわし読みするように同じマシンにインストールしたものを複数の人が使ったり、「使用」が目的でないバックアップも認められていたという“粋なライセンス”でした。「書籍のように」というだけでわかりやすいため、非常に簡潔なものでもありました。正直にいって“誇れるライセンス”でもあったのです。
しかし、これはまだフロッピーディスクが主流だったという時代背景もあります。ファイル共有やネットワークが日常的に使われるようになると「タイムシェアリングはいけない」「レンタルはいけない」といった補足事項が増えたり、「ユーザー」の定義が複雑化していったというのは事実です。許諾契約書のページ数もだんだん増えていきました。さらに言えば、ソフトウェア販売の黎明期には製品パッケージに印刷した許諾契約書を入れておく程度だったものが、その有効性に疑義が生じたためディスクセットを封印して開封することで「同意」するという仕組みが導入されました(いわゆるシュリンクラップ契約)。ただし、これにも疑義が起き、インストール時に許諾契約への同意を求めるスタイル(クリックラップ契約)が主流になってきました。すべてのユーザーがソフトウェアベンダーの意思(許諾契約書)にしたがってくれていれば、面倒な手続きも必要ないわけですが、残念ながらそういう期待はできません。むしろ、「抜け道」を“活用”するユーザーがいるために、抜け道をふさぐ努力が続けられてきたというところでしょう。
CD には、(今のところ当たり前ですが)このような使用許諾契約はありません。しかし、購入した CD を私的に複製した上で転売したり、誰かに譲渡することが「どの程度」認められるのでしょうか。“ある程度”認められるとしても“無制限に”認められるものとは思えません。それを認めたら、たとえば、あるクラスの生徒全員でCDを順番に購入してリッピングしあうということが許されることになりそうです。これを「私的な複製」とは呼びにくいでしょう。
こうした点についての diglog の姿勢は曖昧です。利用規約を見ると、「CD を送付した後、デジタルデータをPC 又はその他の機器に残している場合、自己の責任において法令その他に反しないように適切に処理すること。」とあり、必ずしも複製を禁じていません。しかし、残してよいのだと明言しているわけでもなく「自己の責任」にまかされています。明示的に禁止すると利用者の反発を招きかねないけれど、問題ないとは断言して責任を負いたくないという姿勢が感じ取られます。
一方、対照的なのが米国で先行してはじまった lala.com で、利用許諾で "You may not illegally copy CDs or keep copies of CDs you trade." と複製を残さないよう明記しています。ちなみに、CD レンタルを行っている TSUTAYA の利用規約でも、
第14条 (サ-ビス転用の禁止)
1. 会員は、本サービスを通じてTSUTAYA DISCASからレンタルしているレンタル商品およびネット配信された映像作品を、次の各号で定める目的または方法により使用することができません。
(2) 複製すること
とレンタル品の複製を明示的に禁じています。(※追記。これはオンライン版のもので、実店舗では禁じられていないようです。コメント欄をご参照ください)
「古本屋があるなら、古レコード(CD)屋があってもよい」「貸本屋があるなら、貸レコード(CD)屋があってもよい」という、いわば「書籍のように扱う」という理屈は、手元に複製を残したまま、どんどん転売したりレンタルしてもよいという理屈になるのでしょうか。こうしたニュースを取り上げているエントリの多くが、それぞれのサービスの利用規約を無視して「リッピングして転売できる喜ばしいサービス」といった“好意的”な取り上げ方をしていることも気になります。こうしたサービスが小規模におさまっているうちは何もおきないかもしれませんが、場合によっては CD に「譲渡は禁止」あるいは「譲渡する場合は、一切の複製を残さないこと」という条項が書かれた「使用許諾書」が添付されることになるかもしれません。(← 少なくとも後者は CCCD のような制約よりも、ずっとマシですけどね)
ところで、lala.com についても、いくらか疑問点があります。lala.com では、Z Foundation という非営利団体を通じて売り上げの 20% をアーティストに渡すことになっているのですが、支払いの対象は、原盤権を持つレコード会社、あるいは作詞家・作曲家ではなく、パフォーマー(歌手)のみです。また、この利益を受け取るためには Web サイトで申請をしなければなりません。はたしてレコード会社と専属契約を結んでいるはずのアーティストが、Z Foundation に申請を出すでしょうか。
そもそも彼らの言う 20% というのは CD の価格の 20% ではなく、交換費用の $1 の 20% でしょうから、どう計算しても1回の交換あたりの支払いは 20セントです。たとえば、人気歌手の Avril Lavigne で検索すると100枚ほどの CD が見つかりますが、毎日100枚のCDが交換されたとしても$20、年間で$7300ほどです。レコード会社からの叱責を恐れず、彼らのビジネスを公認するリスクをアーティストがとるほどの金額とは思えません。だいたい入力フォームには特別な項目もないようで、どうやって入力された情報から“本物のアーティスト”と判断できるのか皆目見当が付きません。
こうした面を合理的に推察すると Z Foundation は“健全性”をアピールするための見せかけに過ぎず、まともに機能してはいないと考えられます。もし、著名なアーティストから本物の申請があったら、間違いなく「事例」として公開されていることでしょうが、そのような気配はありません。彼らは上記のニュースから1年近く運営されているわけですが、上記のとおり、現時点では影響力が小さく、複製を禁止した利用規約上は違法性の確定もできないから放置されているという程度なのでしょう。アーティストに利益をもたらす新たな仕組みという推測は、あまり的を射ているものとは思えません。
もっとも、この lala.com というドメインは、かなり良いものだと思いますけどね。:-)