歪んだ民主制
憲法記念日に首相がビデオメッセージを流したことで、憲法改正論が報道で取り上げられている。硬性憲法とは言え、憲法改正の可能性について否定するものではないが、いくつか不思議なことがある。
まず、憲法改正とは、要は国民のニーズを踏まえて発議されるものであって、国会が国民の代表だとすれば、国会議員が議論のスタートをすべきだと思うし、制度上も国会が発議権を持っているのだが、何故行政府の代表がいつまでにしたいと言うのか、という点だ。昨今、識者に現首相は立憲政治を理解しておらず国家至上主義者だと指摘したら、理解できないと言われたが、このような行為に彼の国民の権利を軽視する基本理念は表れているのであって、明らかにおかしいと感じる感覚は大事だと思う。
次に、彼が改正したい点は、9条の1項、2項をそのままにし、自衛隊を明記することだとのこと。これもまた意味不明だ。一部の報道には、かなり妥協をしたのだから良いのではないか、とのものもあるが、確かに憲法上明記されておらず違憲論議があるのは事実だが、自衛隊は既に長い存在の実態があり、法的な位置づけも確立しているわけで、これをただ加えるためだけに憲法改正を行うのであればナンセンス、と考える。要は、何としてでも改正したいからには、この加えるべき条文或いは他の緊急事態発動条項などにまやかしがあると考えるべきではないか?
私自身、憲法改正論者であり、現行憲法の平和主義を前提としつつ、自衛軍の明確化は必要だと思っており、また地方自治の強化も重要だと感じているが、立憲政治を理解しない、国民主権の意識に欠ける首相の下での、しかも国民の議論をベースとしない憲法改正は絶対に実現させたくない。その意味でも、どうも政治のトリックに翻弄され、改正賛成の声が大きくなってきていることに、我が国の民主主義の限界を感じる。所詮お上意識の国家、権利意識だけの国民、これでは専制君主の思うつぼではないか?
同じようなことが、東京都で起きている。議会改革を知事が主導している、ということだ。知事が、自らの政策を実現したいために、自らの主張を支援してくれる政治組織を作るということ自体、そもそも知事をチェックする機能としての地方議会という我が国の地方自治の仕組みからして違和感があるが、それに加えて本来対立概念である議会の制度改革を知事の主導する地方政党が主張するなどというのは、明らかに独裁政治の温床となるべきものだと思う。そのような根本的な問題を指摘する声が全く挙がらないのには、違和感以上に、何だこの国の知識層とマスコミは?というのが偽らざる私の感想だ。
大変残念ながら、わが国には、もはや正常な国民主権、民主主義的な感覚は、政治にも行政にも、マスコミにも、そして恐らくは産業にも社会にも存在しないのではないか?今こそ、普通の感覚で、我が国の或いは世界の政治、経済、社会の在り方について、人の命、生活を守り一人でも多くの人が幸せに人生を全うするという立場から、素朴な疑問を国民一人一人が自らの言葉で発言するようにしてほしい。