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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

何だか変な社会になってきていないか?

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北海道で、置き去りにされた子供が発見された。本当に良かったと思う。かく言う私も、一度言うことを聞かない子供たちを、短い時間だが車から降ろして、おいて行ったことがある。すぐに戻って車に乗せたが、後で聞いてみるととても心細かったということだった。自分で生存能力ない子供から知らない場所で離れるということは、やはり親としてしてはいけなかったと反省している。

それにしてもこの子供はなかなかの生存能力だと感じた。捜索範囲の設定が間違っていたのではないかとの指摘もあるようだが、おそらく最大の問題は演習場の捜索にはいろいろと許可などがいるので、踏み切れなかったということではないか?何だかがんじがらめで、結果として人命にかかわる事態にもかかわらず、何もできないということにならないような臨機応変の対応が必要な気がする。

以前自治会長としていたとき、災害訓練で対象地域の名簿が小学校の金庫に保管されていて、特定に人間だけがカギを持っているということがあった。実際の災害でどうするかとの話し合いの中で、私が特定人がいなければ斧ででも壊して開けるしかないと言った時、それは規制違反だとの指摘があった。でも、そんな緊急事態で規則がどれだけの意味を持つのか?どうも事の軽重に対する考え方が歪んでいる気がした。

ちょうど今朝のニュースで部活動に休養日を設けるという話が出ていた。随分昔の話だが、勉強だけでない教育ということで、部活動を全員参加にした自治体の話を聞いたことがあるが、何でもかんでも政府や行政が絡みすぎではないか?部活動をやりたくない生徒がいても不思議ではないし、休養日を設けるかどうかは、それぞれの学校、教員、生徒たち、更には保護者で考えればよいこと。一部に何でもクレームを持ち込む保護者などがいるから、このように行政が何らかのガイドラインを設けるというのであれば、そもそも本末転倒だし、我が国の民主主義の未成熟さを裏付けるものだと感じる。

一方で、医薬品の7割が、承認における製造方法と異なる形で製造されていたという報道。三菱自動車やスズキの話もそうだが、まさに命にかかわる可能性のある決まったことすら守れない、という我が国の実態も異常だ。総理自身が憲法や立憲政治を理解していないということに表れているように、要は我が国は法治国家ですらないということなのではないか?人々がお互いを尊重しつつ助け合っていくという人類という生き物の本質に対する、真摯な理解が求められているように感じる。

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