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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

多様性と理解、そして健全な議論

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先週末から昨日まで、とある国際会議の準備に追われており、珍しく前回から時間が空いた。

引き続き事後処理でドタバタしているので、一言だけ。

今回感じたのは、やはり国や文化によっていろいろと違うところがあるな、というものだ。もちろんある意味当たり前なのだが、今回は、とある国の首相が登壇する際の椅子の準備で結構な議論があった。要はせいぜい30分程度座っているだけなのだが、必ずアームレストが必要だという点だ。

まあ、それ自体は理解できないわけでもないが、たまたま会場にないという事態になり、これは常識だから何としても確保しろという話になった途端に、同じ民主主義でもその運用に文化などの違いもあって、大きな差があるということを認識した次第だ。

仮に我が国で首相が椅子に座るとして、もちろんある程度の配慮はすると思うが、所詮国会議員の一人にしか過ぎないし、そもそも間接的ではあれば選んだ国民の方が偉いと考えるのが普通のように感じるが、そうではない国や文化も多いということだ。これを、民主主義的ではないと言って変えさせることは簡単ではないし、そもそも必要ではないかもしれない。

いずれにしても、その点我が国は従来は野党と与党の対立もあり、長く与党であった自民党においては、党内にもバランスの取れた様々な意見の集合があり、要は他社の意見を尊重する土壌があって、その間で健全な議論が行われていたと理解している。

しかし、現在の政府の進む方向を見ると、あまりに一方的だし、しかも党内から反対勢力も出てこない、つまり首相なのか官房長官なのかわからないが、今の政府には、反対する人がいないし、反対できないような空気なのか或いは何らかの強制力が働いているようだ。

この点は、どうも地方創生も同じようで、地方創生を踏まえた総合戦略などについても、いろいろと反対の人はいるらしいが、どうも自治体の長にしても誰もそれを言い出せない状況になっていると聞くと、ちょっと空恐ろしいものを感じる。もはや、我が国は統制社会に向かいつつあるのではないか

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