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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

名刺管理ー混乱の系譜と放置されたピットレック!

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今週末もドタバタしているので、今回はお題に挑戦します。

そもそも名刺管理については、悲しい歴史です。社会人になって最初のころは、銀行でも窓口業務なので、そんなに名刺を頂戴することもなく、単に束ねて保管していました。

その後通産省に出向して、結構多くの名刺を管理するようになりましたが、まだそうは言ってもペーペーですから、名刺を箱に入れてその地層で発見するという状態だったと記憶しています。因みに、当時は役所の自分の机も、あらゆる紙が次々と積み重ねられ、上司から「あの資料を出せ」と言われると、その作成時期を思い出し、「それはこのへんだと思います」と言って、紙の山の地層から引き抜く、という感じでした。

出向から戻って、大手企業の融資担当になって、初めて黒い1ページに縦で名刺が3枚程度入る横長のフォルダーを使い始めました。この時ももちろん数は限られていますが、役所時代の名刺もこれに入れて2冊程度で済んだと記憶しています。

ところが、そのあと北米勤務になり、数多くの企業や弁護士、投資銀行とお付き合いするようになって、このような管理形式では機能しなくなりました。あまりに名刺の数が多いのです。幸い秘書がいたので、彼女に頼んでタイヤのように大きなローロデックスという名刺を整理する器具(名刺が観覧車のように回って選べるもの)二つに整理してもらっていました。

これはこれで機能していたのですが、まずどんどん名刺が増える、それから米国の金融界ですからどんどん個々人が会社を移動する、ということで、差し替えとかの管理がとても煩雑である上に、そもそも自分で何かファックスを流すとか(当時インターネットはありません)の時に、この器具から個々の名刺を取り出して作業をし、これを返さないというような事態(単に自分のチョンボですが)もあって、混乱していました。

更に問題になったのは、渡米以前の日本の時代の名刺と北米時代の名刺の管理体系が全く異なり、バラバラだったことです。帰国後、今度はまた全く異なる分野での仕事、ところが過去の日本の時代、北米の時代の知人も当然アクセスする必要はあるので、それぞれ別の名刺整理体系から引っ張り出して利用する、更にこれを戻さない、ということでその後はまた当初のように単に箱に入れておくということになりました。

このような状況が帰国後数年続き、銀行を退職後も同じ手法で対応していましたが、再度新設銀行に勤めた際、有難いことにまた秘書のような役割を果たしてくれる方がいて、今度は大きなファイル(横入れで横2列、縦4列程度)二冊に整理していただきました。これは自分が結構注意して一旦出した名刺も戻すとか、同じ人が部署など変わったら注意するとかで、おそらくわが人生で唯一機能した名刺管理でした。

しかし、またこれを退社し、新たな仕事では秘書もおらず、元の木阿弥で、箱に入れっぱなし、しかも名刺の量は半端ではない、ということで、とうとう3種類の名刺整理の器具・ファイルと無数の箱、更に次々と増え続ける名刺というカオスに陥っています。

一点だけ、何とか対応できているのは、その時々頻繁に連絡しなくてはいけない方については、常に名刺入れとカバンにその名刺を束で入れてあって、通常の状況では先に述べたカオス状態には触れないで済むという点でしょうか?

そんなことで、先般キングジムのピットレックを買いました。これで何とか整理できると期待していますが、仕事にかまけてまだ入力していません。やっぱり山のように紙が積み上げられた私の机にさびしく放置されているのが、新兵器ピットレックです。

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