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トップレベルのプロスポーツから草野球などのアマチュア競技に至るまで、スポーツのさまざまな場面でITが活用されています。いまやITはスポーツを支える重要な存在といえるでしょう。本ブログでは、さまざまな切り口から「スポーツとIT」を眺めていきます。

【書評】欧州サッカーに何を学ぶか

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 巷にはスポーツを題材にしたビジネス書があふれています。とりわけリーダシップやコーチング、組織論に関するものについては枚挙に暇がありません。こうした現状を決して批判しているわけではありません。私が言いたいのは、いかにスポーツとビジネスには相通ずる部分があるか、もっと言えば、スポーツには人生の指南になり得る要素がふんだんに盛り込まれているということです。

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 今回取り上げた「勝利を求めず勝利する ― 欧州サッカークラブに学ぶ43の行動哲学」の冒頭でも、「人生のすべては、サッカーから学ぶことができる」というイビチャ・オシム監督の言葉が引用されています。私たちの日常生活においても、例えば「レッドカード」や「イエローカード」といったサッカー用語がごく自然と使われています。

 本書は、サッカーをビジネス(あるいは人生)になぞらえ、サッカーという競技で培われた見識や哲学、戦略などをビジネスの世界で生かすことをテーマにした内容となっています。具体的には、43の提言に対して、それぞれにドイツを中心とした欧州サッカーでの実例を引き合いにビジネスで見られる課題を考察しています。


●クリンスマンがドイツ代表改革の先に見据えたものとは 

 例えば、「未来に向けて種をまけ」という提言では、ドイツ代表の前監督であるユルゲン・クリンスマンの改革が紹介されています。2004年夏、ルディ・フェラーの辞任を受けて代表監督に就任したクリンスマンは、すぐさまドイツサッカーの古めかしいスタイルをたたき壊し、自ら決めたことを実行に移しました。バスティアン・シュヴァインシュタイガーやフィリップ・ラームなどの若手選手を積極的に起用したものの、当初は思うような結果を出せず苦戦が続いたため、ドイツ国民から非難されました。それでも揺るぐことなく意志を貫き通した結果、地元開催となった2006年のドイツW杯で下馬評を覆す3位に輝き、評価が好転しました。

 監督在任中にクリンスマンは、「専門家をパートナーに迎えよ」「チームの団結心を高めよ」といった新しい指針を打ち出すとともに、人事にも積極的に介入して、自分に似た考えを持つヨアヒム・レーヴを後継者に据えました。これらは、自分が退任した後でも組織が回るための取り組み、いわば、未来への種まきだったのです。一方で、「自分はいなくても問題ないと公言できる経営者がビジネス界にどのくらいいるだろうか」と本書は問題提起しています。クリンスマンの行動は、企業経営を考える上での1つの羅針盤となるでしょう。


●ビジネスマンにもサッカーファンにも

 本書の著者であるラインハルト・K・スプレンガー氏は、ドイツで注目を集める現役の経営コンサルタントで、サッカーを「現代のマネジメントモデル」ととらえてさまざまな論理を繰り出しています。元々は哲学の領域で博士号を取得した同氏ですが、その博士論文はスポーツ学への貢献に授与される権威である「カール・ディーム賞」を受賞しており、スポーツに対して造詣が深い人物といえます。

 ビジネスの視点から本書を読み進めてもよいですが、本文に登場するサッカーの実例には、過去から現在に至るまでさまざまな名選手や名将の「金言」が随所に織り込まれているため、サッカーファンにとっても十分に楽しめる内容となっています。個人的には、(セリエAやリーガ・エスパニョーラと比べると)情報の少ないドイツ・ブンデスリーガーの話題が豊富に詰まっているのが嬉しいです。

 最後に、本書は英治出版の岩田さんからご献本いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。


「勝利を求めず勝利する ― 欧州サッカークラブに学ぶ43の行動哲学」
著者:ラインハルト・K・スプレンガー 訳者:稲吉明子
定価:1680円(税込)、体裁:四六判 216ページ、発行:2010年4月、英治出版
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