Copilot+ PC Day 2025から見たCopilot+ PCの戦略
Copilot+ Day 2025に参加した
日本MicrosoftのイベントCopilot+ PC Day 2025に行ってきました。このイベントは、日本Microsoft主催のCopilot+ PCと各PCメーカーのイベントです。イベントの中ではCopilot+ PCの有用性や各パソコンメーカーのプレゼンがありました。また、会場にはタッチトライとしてパソコンメーカーが来ており、実際にCopilot+ PCに触れることができます。さらに、基調講演では日本マイクロソフトの津坂社長のスピーチもありました。
このCopilot+ PC Dayで、実際日本マイクロソフトの方とお話をしてきました。その中で、Copilot+ PCについて今まで疑問に思っていたCopilot+ PCの今後の方向性というものを聞いてきました。
Copilot+ PCとは
改めてCopilot+ PCについてお話したいと思います。Copilot+ PCとは、オンデバイスのAIを搭載したPCのブランド名です。この考え方は、クラウドのAI処理をエッジ、つまりパソコンで行うということに基づいています。そのために、WindowsにはオンデバイスAIレイヤーであるWindows Copilot Runtimeが搭載されています。そして、複数のランゲージモデルを含む言語モデルがパソコン上で動作するようにします。
Copilot+ PCの要件として、パソコンのハードウェア要件が設定されています。まず、NPU (Neural Processing Unit) を搭載していること。このNPUの性能は40TOPS以上で、40TOPSは1秒間に40兆回の処理ができることを意味します。具体的には、AIの処理に特化した整数演算を1秒間に40兆回処理できることを要求しています。メモリは16GB以上のLPDDR5以上の高速メモリが必要です。ストレージは256GB以上のSSDもしくはUFSなどの高速ストレージが求められます。つまり、高速なAI処理ができ、十分なスピードとストレージ容量があることがCopilot+ PCの条件となります。
どうしてCopilot+ PCなのか?
では、なぜ今、Copilot+ PCが提唱されているのでしょうか?主な理由の一つに、現行のAIサービスの課題があります。現在、ほとんどのAIサービスはクラウド上で実行されており、計算処理に莫大な電力消費がかかっています。データセンター一つで原子力発電所一つ分の電力を消費するとも言われています。さらに、膨大な通信トラフィックが発生します。例えば、ChatGPTやCopilotなどでの問い合わせはすべてネットワーク処理を伴い、その通信トラフィックが膨大になっています。このように、AI処理のために大きなリソースを消費している現状があり、マイクロソフトはこのままではサービスの拡大に限界があると見ています。他のAIサービスも同様の課題を抱えていると考えられています。
さらに、マイクロソフト固有の話で言うと、Microsoft 365 Copilotの課題もあります。Microsoft 365 Copilotでは、例えばWordの文章の校正をしたり、文書の生成をしたり、PowerPointでスライドを作成したり、Excelで分析を行ったりといった処理をすべてクラウド上で行っています。これらの処理後の応答を得るまでのタイムラグが大きな問題となっており、より高速に処理する必要があります。
Copilot+ PCが解決する課題
Copilot+ PCが解決しなければならない課題として、まずリソースの分散があります。電力消費をデータセンターだけでなく、実際にユーザーが使用するパソコンにも分散させる必要があります。そしてネットワーク負荷の低減。AI処理のためにネットワークが必要なのではなく、パソコンだけで処理をさせることでネットワークトラフィックを低減させます。このように、AIの処理をエッジ、つまりパソコンにオフロードする必要が出てきます。さらに、AIの処理は非常に電力を消費しますが、これを低消費電力で行うためにNPUが必要となります。さらに、セキュリティとプライバシーの強化も重要な課題です。エッジでAI処理に対するセキュリティとプライバシーの強化を図る必要があります。このような背景から、Copilot+ PCの概念が考え出されました。
Copilot+ PCの方向性
現在、Copilot+ PCのプロセッサはIntel Core Ultraシリーズ、AMD Ryzen AIシリーズ、Qualcomm Snapdragon Xシリーズで展開されています。また、IntelアーキテクチャとArmアーキテクチャの両方が混在している状況です。どうも方向性としては、SurfaceのビジネスモデルにはIntelプロセッサ、コンシューマーモデルにはSnapdragonシリーズを採用しているようです。その他のPCメーカーもIntel、AMD、Snapdragonのプロセッサを混在させています。また、デスクトップパソコンでもCopilot+ PCが展開されており、モバイルプロセッサを採用したモニター一体型のパソコンや、Mac miniのようなミニPCが展開され始めています。
Surfaceの展開
Surfaceサービスの展開状況について考察します。Surfaceはコンシューマ市場向けに、Snapdragonシリーズを搭載したSurface Pro(第11世代)とSurface Laptop(第7世代)を発売しています。
一方、ビジネス市場向けには、Surface Pro 10、Surface Laptop 6のほか、インテルプロセッサ搭載のSurface Pro(第11世代)およびSurface Laptop(第7世代)が展開されています。また、Snapdragon搭載モデルについては、5G対応モデルとしてSurface Pro(第11世代)とSurface Laptop(第7世代)が提供されています。ただし、これらはラインナップとして用意されているものの、積極的に販売されている印象はありません。
このような状況から、Microsoftはコンシューマ市場向けにArmアーキテクチャを採用したSnapdragonモデル、ビジネス市場向けにIntelプロセッサを搭載したSurfaceモデルを提供するという棲み分けを行っていると考えられます。
なぜビジネスモデルはIntelなのか?
では、なぜMicrosoftのビジネスモデルはIntelプロセッサを推進しているのでしょうか。まず、ビジネス市場において重要なのは継続性です。従来通りの業務を支障なく続けることが求められます。そのために重視されるのが、互換性です。これまで使用してきたアプリケーションや周辺機器を引き続き活用できることが必要となります。
この点に関して、Armプロセッサには互換性に課題があります。具体的には、一部の周辺機器がArmプロセッサに対応していません。たとえば、ドキュメントスキャナーのScan SnapはArmプロセッサに対応していません。また、ソフトウェアにおいても、ドライバーなどのカーネルに近いレベルで動作するものに課題があります。プリンターやスキャナーの基本機能(印刷やスキャン)はWindowsの標準機能で対応可能ですが、特定メーカー固有の機能(たとえば認証後にプリントする機能など)を利用するには、Armプロセッサ用のドライバーが未提供の場合があります。
さらに、日本語入力システム(IME)の面では、ジャストシステムのATOKなどがArmプロセッサに対応していません。また、ウイルス対策ソフトの対応状況も重要です。コンシューマ市場ではMicrosoft Defenderの使用で問題がない場合もありますが、企業環境では各社のセキュリティポリシーに基づき、たとえばSymantec Endpoint ProtectionやCrowdStrikeなどを導入する必要があります。これらのウイルス対策ソフトがArmプロセッサに対応していない場合、企業における一括管理が困難になる可能性があります。
これらの背景を踏まえると、互換性を重視したIntelプロセッサ搭載モデルのCopilot+ PCであるSurfaceが登場するのは、必然的な流れであると考えられます。
Surfaceの併売
ビジネス市場向けには、Surfaceは3世代の製品が併売されています。まず、Surface Proシリーズでは、Surface Pro 10 for Businessと、Surface Pro(第11世代)のインテルモデルおよびSnapdragonモデルが発売されています。Surface Laptopシリーズについても同様に、Surface Laptop 6 for Businessと、Surface Laptop(第7世代)のインテルモデルおよびSnapdragonモデルが展開されています。
これにはいくつかの理由があります。まず、最新のインテルモデルのSurfaceでは、5G対応モデルがまだ提供されていません。一方で、5Gモデルに対する需要があるため、これに対応しているSurface Pro 10 for BusinessとSurface Laptop 6 for Businessが重要な選択肢となっています。
さらに、意外な理由として、Windows 10の対応問題があります。Windows 10は2025年10月14日に公式サポートが終了予定ですが、それまでは依然として企業内で利用されるケースが多いです。また、企業によっては、有料の拡張サポートサービス(ESU)を契約して継続利用する場合もあります。このように、企業の事情によりWindows 10が使用され続けている状況があります。そして、Windows 10に対応しているのはSurface Pro 10 for BusinessとSurface Laptop 6 for Businessまでです。
これらの背景を踏まえ、この3世代のSurface製品が併売されている状況が生じていると言えます。
プロセッサ採用方針
プロセッサ採用方針について、疑問に思うのは、今後もCopilot+ PCとしてSnapdragonとインテルの両方がどのように展開されていくのか、という点です。当初は互換性を考慮すると、IntelプロセッサやIntelアーキテクチャのSurfaceに寄っていくのではないかと予想していました。
しかし、マイクロソフトの担当者の話によると、SnapdragonとIntelアーキテクチャの両方を同時に展開する方針であるとのことです。その理由の一つは、インテル一社体制によるリスクを低減するためです。一つのメーカーに依存しすぎると、万が一インテル側に問題が発生した場合、Microsoftにも影響を及ぼしかねません。実際、インテルが製造ラインのトラブルによりプロセッサの出荷が遅れ、パソコンが品不足となった過去があります。このようなリスクを避けることが重要視されています。
また、ベンダーロックインの回避も大きな理由です。特定のベンダーに過度に依存しないようにするのが、マイクロソフトの考え方です。
Armについて考えると、WoA(Windows on Arm)というArmアーキテクチャで動作するWindowsは、マイクロソフトとクアルコムが共同開発してきました。この取り組みの一環として、クアルコムのプロセッサを採用する独占契約を結んでいましたが、この契約には期限があり、近いうちに終了するとされています。当初2024年に終了すると言われていましたが、いずれにせよ独占状態は解消される見込みです。
一方で、ロイター通信などの報道によれば、NVIDIAやMediaTekといった半導体メーカーが、パソコン向けのArmアーキテクチャプロセッサの提供を予定していると発表しています。実際にNVIDIAは、Tegra 3をSurface RT向けに提供した実績があります。このように、Armプロセッサの対応メーカーは広がりを見せています。
PCメーカーの対応
メーカーの対応について見てみると、各PCメーカーはどのような展開をしているのでしょうか。現状では、インテル、AMD、Qualcommのプロセッサを採用したパソコンが混在しています。
会場のブースでレノボの担当者に話を伺ったところ、レノボは以下のような製品を発売しています:
- Intelアーキテクチャを採用したThinkPad X9 15 Gen1
- AMD Ryzen AIシリーズを搭載したThinkPad T14s Gen6 AMD
- Snapdragonを搭載したThinkPad T14s Gen6 Snapdragon
今後、この3つのラインナップを継続展開していくのか尋ねたところ、「現時点では」という条件付きで発売を続ける方針とのことです。また、Snapdragonモデルが将来的に廃止される可能性については、現在のところそのような予定は全くないとのことでした。
まとめ
このように、Copilot+ PCに関しては、マイクロソフトがインテルアーキテクチャとArmアーキテクチャの二本柱で推進を進めています。また、各パソコンメーカーもインテル、AMD、Qualcommを採用したパソコンを展開している状況です。
現在の市場では、Snapdragon搭載モデルを購入しても特に問題はないと思われますが、企業用途ではIntelモデルを選ぶ方が適していると考えています。マイクロソフトもそのように棲み分けを行っているように見受けられます。
今回のCopilot+ PC Dayで、マイクロソフトの担当者や各メーカーの関係者から話を聞いたことで、いくつかの疑問が少し解消された気がします。ただし、今後の状況については予測が難しいため、Copilot+ PCやWindowsパソコンに関する情報を引き続き注視していきたいと考えています。