質問の本質(4):質問を引き出す講師の演出の大切さと心理的安全性
偉い人がいると発言しづらい。
会議や打ち合わせ、職場の中で、このように感じられている方は少なくはないでしょう。これは、人間が進化の過程で、「順位制(Dominance hierarchy)」を獲得してきたことが背景にあります。
順位制すなわち序列を作ることは、厳しい自然環境の中で、個体が生存するために集団を作ることが有利だったためであり、その集団の秩序を保つために必要だったからです。人間は、この順位性を極め、社会を構成し、進化の頂点に立つことができました。
これは、生物としての人間の本質に根ざしたもので、いいとか悪いという話しではなく、人間にとってし、自然なことなのです。従って、無意識のうちに序列を作ってしまいます。あえて意識しない限り、それが当たり前だと感じ、そのことに気がつくことはありません。
ただ、社会の変化が速く、複雑性を増しているいまの時代にあっては、逆に生存を脅かすことにもなりかねません。
2003年1月、スペース・シャトル「コロンビア号」の爆発事故で、7人の宇宙飛行士の命を落としました。地球に帰還すべく大気圏に再突入する際、発射時に外部燃料タンクの断熱材が剥落していたことで、大気圏突入の際の高熱に耐えきれず、機体を破壊してしまったからです。
打ち上の段階で、NASA(アメリカ航空宇宙局)のエンジアであるロドニー・ローシャは、機体が損傷している事実を知ります。すぐにエンジアを中心に「剥片調査チーム」が結成され、リンダ・ハムが議長を務める「マネジメント・チーム」で、話し合いが行われました。
しかし、特別なアクションはとらないという結論に至ります。大きな問題になると考えた「剥片調査チーム」は、エンジニア部門の上司に願い出ました。国防省に依頼し「飛行中のコロンビア号を撮影してもらいたい」とも発言しています。しかし、ハム議長には直接、伝えませんでした。
ロドニー・ローシャは、その後の会議でも、ハム議長が機体の安全性を強調したため、疑問がありながら発言を控えました。そして爆発という最悪の事態が起きたのです。
ローシャは事故後の調査で、「(エンジニアは自分よりずっと高いレベルの人にメールを送ってはいけない)と常々言われていた」と説明しています。また、会議の発言については「僕にはそんなこと(強硬に主張すること)はできない。それは、僕は下っ端だからだ。ハム議長は雲の上の人だった」とふりかえっています。
この辺りのことは、この事故を検証した『決断の本質』(マイケル・A・ロベル 英治出版)に詳しく書かれています。
爆発の直接的な原因は「断熱材の剥落」ではありましたが、組織の中での序列意識が、下からの重要な情報を上に伝えられないというNASAの組織風土が、問題の本質であったことをコロンビア号事故調査委員会は報告書に残しています。
高度で複雑なシステムを維持するためには、様々な知見を持つ人たちの多様性を意思決定に結びつけていくことが、極めて重要であるということをこの事故は教えてくれています。順位性という人間の自然な性向が、結果としてこのような事故を招いたと言うこともでき、いまの時代はこれをあえて意識し、解決していかなければならないことを教えてくれています。「心理的安全性」(psychological safety)という言葉が、注目される背景には、このような複雑化し、不確実性が高まる世の中だからこそ、注目されるようになったとも言えます。
心理的安全性の提唱者であるハーバード・ビジネススクール教授エイミー・C・エドモンドソン(Amy Claire Edmondson)は、コロンビア号爆発事故を2年以上に渡って調査しています。エドモンドソンは、人と人がチームになって仕事を通しての学習を繰り返し、成果をあげることの重要性を解きました。彼女は、これを「チーミング」(teaming)と呼んでいます。
「チーミング」で重要とされているのは、「組織学習」です。学びのないチームは、「同じこと」や「同じ失敗」を繰り返し、時代の変化に対応できず、成果は乏しいものになります。そんな「チーミング」が有効に機能するためには「心理的安全性」(psychological safety)は欠かせません。
チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態
このような組織風土があればこそ、序列を飛び越えて、自分の学んだことや考えたことをチームの他のメンバーに躊躇無く伝えることができ、多様な視点や幅広い知識をチームメンバー全員が共有できるようになります。これが「組織学習」となるのです。
本ブログのテーマである「質問の本質」と何の関係があるのか、思われるかも知れませんが、これは、極めて重要な関係があります。
講義や講演の受講者にとって、講師は、序列の上位に位置する存在とみられがちです。そのため、下のものである受講者が上の人間に「もの申す」ことには、無意識のうちに抑圧されてしまうのです。先日のブログ「質問しない/できない理由と克服する方法」のなかで質問できない理由について説明しましたが、「順位性/序列意識」も大きな足かせになっているのではないかと思います。
講師は、質問を促したければ、このことを強く意識しておくべきでしょう。もちろん、序列意識は自然なものですから、完全になくすことは容易ではありませんが、講師が受講者に近づく努力、すなわち、自分が序列の上にいるわけではないことを伝える努力が必要です。
具体的には、次のようなやり方があるでしょう。
- 自分の失敗やこれを克服した体験、苦労話を語る
- 自分は外部の人間であってあなた方の上司ではないと伝える
- 笑顔を絶やさず冗談を交えて、場を和ませる
- あえて意識してタブーや普段言えないこと、訊けないことを訊いて欲しいと促す
- 小さなグループで質問を考えるディスカッションを実施する など
このような講師側の働きかけも、質問を促す環境を作ることには貢献するはずです。
質問をする/しない、できる/できないは、受講者の側にも講師の側にも理由があります。ただ、長年講師稼業をやりながら思うことは、「質問がしやすい場を作る」ことは、講師という仕事の大切な要件であるということです。なぜなら、質問は受講者に学びの機会を与え、研修の効果を高めるからです。プロとしてお金を頂くのであれば、このことは心がけておくべきだと思います。
余談ながら、質問を引き出す上で、順位性が、必ずしも無用と言いたいわけではありません。ただ、これについては、少し話しが複雑になりますので、改めて、考えてみようと思います。
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー