「過渡期」という言い訳はそろそろ辞めてはどうだろう
「自分たちの強みを持っている企業とそうでない企業がはっきりしてきた気がします。」
大手金融事業者の情報システム部門でインフラやプラットフォームに責任を持つ方からこんな話を伺った。
「大手のSI事業者はどうでしょう?共創の看板を掲げているところも少なくありませんが、はたしてその成果はあがっているのでしょうか?」
彼はこのように答えてくれた。
「彼ら自身が自分たちに何ができるかが分からないのではないでしょうか。いろいろと相談しても役割が分かれているようで、それらをまとめて相談できる人はいませんからね。目新しい提案が出てくるような感じはしませんよ。」
ビジネスのデジタル化、あるいはデジタル・トランスフォーメーションとは、デジタル・テクノロジーを駆使して既存のビジネスプロセスを変革し、圧倒的な競争優位を生みだそうという取り組みだ。これは、従来のような業務を人間がおこなうことを前提としたビジネス・プロセスを支援して、効率化やコスト削減を目指す取り組みとは質的に異なっている。事業や経営の在り方を根本的に変えてしまおうという取り組みだからだ。
従来のITは人間がおこなう本業の効率化やコスト削減なので、「ITは本業ではない」あるいは「ITは企業のコアコンピタンスではない」とされ、そのコストを少しでも削減するための1つの手段として外注化が進められてきた。いまのクラウドへの取り組みの多くもまた、そんな延長線上にあるものが多い。
このような「従来型のIT」がなくなることはないのだが、常にコスト削減のプレッシャーに対応し続けなければならず「稼働率は上がっても利益率は上がらない」というジレンマを抱えることになるだろう。
一方で「未来型のIT」は、競争力の源泉を生みだすことであり、業務や経営の在り方を変革することであるとすれば、ITは本業と不可分であり、ITを駆使できる力を持つ社員が必要となる。つまり「内製化」へと向かう。こういう取り組みにSI事業者やITベンダーは技術力で応え、お客様の変革を加速することに貢献できなくてはならない。こちらは、コストではなく投資対効果で値踏みされるので、魅力的な技術を提供できる企業は、高収益を期待できるだろう。
「従来型のIT」はコスト削減のために外注化を維持し、「未来型のIT」は競争力の源泉を育て維持するために内製化をすすめるのがトレンドとなってゆくだろう。
内製化がすすめば、プロジェクト・マネージメントを外注する必要性はなくなる。クラウドを前提としたアジャイル開発やDevOpsが内製化のベースとなれば、従来型のプロジェクト・マネージメントそのものの重要性は低下する。一方で、プロダクト・マネージメントの重要性が高まってゆくだろう。
プロジェクト・マネージメントとは決められたQCDの目標を達成するためのやりくりであり、これは大手SI事業者が得意とするところだ。一方、プロダクト・マネージメントとは、顧客や市場を考えながら事業目標を達成するためのやりくりと言える。どうすれば事業価値を最大化できるのかを考え、試行錯誤を繰り返し、正解を探してゆかなければならない。内製化とは、そのための取り組みだからだ。
そのために最適な技術は何か、これからのトレンドを見据えたときに、いま何に取り組むべきかを事業戦略や経営戦略を踏まえながら見つけ出してゆくことを、お客様と一緒になって実践できる能力が「技術力」と言うことになる。
IT企業が「共創」という看板を掲げるのであれば、そのための能力を持たなければならない。お客様の要望を聞き出すことに時間をかけ、これに合わせて工数や機器、サービスを調達するだけなら、それは「従来型のIT」でしかない。「共創」といいながらも、何をやるかを決めるのはお客様で、それに必要な技術はこちらで工面しますでは、「従来型のIT」と何も変わらない。
お客様の要望は、お客様から聞き出せばいいという考え方は、従来の発想だ。お客様と一緒に考え、共に気付き、あたらしく作るものであり、「未来型のIT」であれば、そんな係わり方が必要となる。
分業化が進み、買収を重ねる大手SI事業者にとっては、お客様の良き相談相手として、相談を一身に引き受ける人材を育てることは容易なことではないのかも知れない。一方で、中堅SI事業者にしてみれば、そのような人材が、自分たちが生き残るために欠かせない要件であると気付いているところも少なからずある。そういうところは、経営者自らが、その価値をお客様に売り込む努力をしているようにも見える。
一方で、次のようなことを言う人たちが未だにいるのは残念なことだ。
「あなたは、工数積算ビジネスはやがて厳しくなるとおっしゃっていましたが、いまは稼働率も高く、絶好調です。」
「従来型のIT」が当面なくなることはなく、そのための工数需要も維持される。しかし、それらは自分たちの努力や工夫によって生みだされた需要ではなく、景気によって生みだされた需要でしかない。業績の浮き沈みは景気の浮き沈みに翻弄される。こんな自分で自分の未来を描けない状況に甘んじていれば、優秀な人材は、自らの成長のための出て行ってしまうだろう。いまの好調に翻弄されることなく、将来に備えて、早く舵を切るべきではないのだろうか。
コロナ禍は、大きな転換点だ。企業はいま、来たるべき不況に備えて、予算の再編を行っている。ITは、選別の第1候補に挙がるだろう。「従来型のIT」への対応は、最低限に絞り込まれる一方で、「未来型のIT」への投資にシフトする。そんな変化に対処できるかどうかの鍵を握るのが、「技術力」だ。
「技術力」とは人の力だ。つまり、社員に機会を与え、失敗を評価して新しいことに取り組むことを奨励し、どんどんと社外に「個人」をアピール、発信できるようにすることだろう。
また、何がトレンドであり、新しいことかを経営者が理解できなくてはならない。それが分からない経営者は後進に道を委ねた方がいいだろう。
また、「技術力」は、お客様のビジネスの価値として伝えられなくてはならない。それがどれほど難しいことなのか、あるいは、高度なプログラ・ミングスキルが必要なのかを伝えることではない。売上や利益にどのように貢献するのか、事業や経営をどのように変革できるのか、どうやって競争力を生みだすのかを伝えられなくてはならない。
「難しいのは、新しい考えになじむことではなく、古い考えから抜け出すことだ。」
経済学者ケインズのこの言葉にあるように、これが難しい。自らの世界観を改めるよりも、現実を調整し自分たちに都合のいいように変えてしまうほうが楽だからだ。特に調子がいいときはなおのこと難しい。
時代の節目というのは、いつの時代も後からの解釈に過ぎない。いままさにその現実に立たされている当事者には、なかなか見えないし、見たくない。「過渡期」という言葉も、もはや慰めに過ぎない。ケインズの言葉は、そんな人の世の常への戒めである。
しかし冷静に現実を見れば、もはや「過渡期」ではない。明らかに次のステージへと移ってしまった。コロナ禍は、5年から10年かかるはずだった「過渡期」を半年から1年に縮めてしまったのだ。
周回遅れ、いや場外に立たされていないためにできることは、言い尽くされている。後は、実行するかどうかだ。
ITソリューション塾・第35期(10月7日開講)をまもなく締め切ります。
今期は、最終講義・特別補講の講師として、クレディセゾン・常務執行役員・CTOである小野和俊さんにもお越し頂き、下記テーマでお話し頂くとともに、ディスカッションしようと思っています。
「日本の大企業にデジタルの風を吹き込むには」
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【特別講師】
■アジャイル開発とDevOpsの実践
戦略スタッフ・サービス 代表取締役 戸田孝一郎 氏
■日本のIT産業のマーケティングの現状と"近"未来
シンフォニーマーケティング 代表取締役 庭山一郎 氏
■ゼロトラスト・ネットワーク・セキュリティとビジネス戦略
日本マイクロソフト CSO 河野省二 氏
【特別補講】
■日本の大企業にデジタルの風を吹き込むには
クレディセゾン・常務執行役員・CTO 小野和俊氏
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日程 初回・2020年10月7日(水)~最終回・12月16日(水)
毎週18:30~20:30
回数 全10回+特別補講
定員 100名
会場 オンライン(ライブと録画)および、会場(東京・市ヶ谷)
料金 ¥90,000- (税込み¥99,000)
PCやスマホからオンラインでライブ&動画にて、ご参加頂けます。
資料・教材(パワーポイント)はロイヤリティフリーにて差し上げます。
詳しくは、こちらをご覧下さい。